菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

プレイバック『鍵のないトイレ』

シティボーイズDVD-BOX RETROSPECTIVE-CITYBOYS LIVE! [BOX1]

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『鍵のないトイレ』というタイトルは、なんだかコミカルな印象を与える。実際、そこではコミカルなコントが繰り広げられるのだから、まったく間違った印象というわけではない。ただ、このタイトルの与えるコミカルと、実際に本編を観たときに感じるコミカルは、その違いが非常に明確だ。このタイトルは、まるで鍵のないトイレに先客が入っているにもかかわらず、うっかりドアを開いてしまったマヌケな人物が慌てふためく様なドタバタコントを彷彿とさせる。しかし、このライブに、そういう類いの笑いは殆ど存在しない。
このライブで披露されているコントの多くは、“緊張”によって成り立っている。例えば、オープニングを飾る形で披露された『干し葡萄のお父さん』というコントは、まさに緊張感の漂うコントだ。最初に、きたろうと大竹まことが干し葡萄を食べている。その最中、大竹が壁についた干し葡萄に気がつく。その疑問をきたろうにぶつけてみるけれど、どうしてそこに干し葡萄がくっついているのか、どちらも知らない。と、その干し葡萄がくっついた壁の裏から、斉木しげるが現れる。斉木は二人に言う。「これは、私の乳首だ……」。コントは、ここで終了する。斉木が干し葡萄のことを「乳首」と言う理由も、どうしてそこにくっつけたのかという理由も、その後の三人の行方すらも分からないままに、このコントは終わる。“笑いは緊張と緩和によって生じる”と言っていた人がいたが、このコントは、その緊張を昇華することなく、終わってしまうのだ。
これ以降のコントにも、それぞれ違った“緊張”が存在している。『花火を嘗めた男』では、きたろうが奇怪な行動をとる二人の男に翻弄されることによる緊張が生じていた。『杉山の博覧会』では、斉木演じる杉山の才能が微塵にも感じられない博覧会に来た友人二人による、杉山への応対が緊張感で溢れていた。『自己破産の日』では、大竹演じる弁護士の元へ自己破産の相談に行くきたろうの、自然に出る横柄な言動が、妙な緊張を作り出していた。
どうやら、このライブで醸し出されている緊張感の正体は、そのリアリティにあるようだ。自らだけが仲間外れの様で状態に不安を覚えてしまう男、友人の博覧会で展示されている絵画を影でアレコレ評価する人たち、自己破産をするという状況に自らの意識が付いて行っていない中年……『鍵のないトイレ』に登場する人たちは皆、現実に存在していてもおかしくないほどに、現実的なのだ。以前、おぎやはぎのベストライブで披露されたコントの登場人物のことも「結構リアルに存在しそうな人物」と評した。ただ、おぎやはぎはそれを分かりやすく笑いに昇華していたのに、シティボーイズはそれをしない。明らかに笑いのハードルは上がっているはずなのだが、それをシティボーイズはやってのけたわけである。それ自体は非常に勇気のあることだと思う……が、このライブの中でファンに最も人気があるコントが、緊張感ゼロのバカコント『ははーんさん』というのも、なんだか残念な話だと思わなくもなかったり、する。
とにかく言えることは、これ以降、シティボーイズのコントは現実主義から完全創作主義へと移り変わっていったということである。そのため、今のライブから、この『鍵のないトイレ』の様な緊張を感じることは出来ない。それが良いことなのか、悪いことなのか……今の僕には、判断しかねるのである。

・収録内容
『干し葡萄のお父さん』『花火を嘗めた男』『杉山の博覧会』『機能主義者の憂鬱』『自己破産の日』『鏡と対話する男』『何見てるんですか?』『ははーんさん』『幸福の量に関する二三の考察』
・収録時間:99分