菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『アンガールズ単独ライブ アンデルセン』

アンガールズ 単独ライブ「アンデルセン」アンガールズ 単独ライブ「アンデルセン」
(2008/07/09)
アンガールズ

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後のショートネタブームのことなど、微塵にも感じることが出来なかったお笑いブーム初頭。ある一組のコンビが一世を風靡した。いや、それを「一世を風靡した」と表現するのは、間違っているのかもしれない。彼らはブームの波の中に、実に大胆に飛び込み、華麗に泳いでみせた。それはまるで、彼らという存在を受け入れるための枠が、元々、そこにあったかのように。彼らの名前は、アンガールズ結成からわずか二年程で、ゴールデンタイムのレギュラーを獲得した、天才肌のコンビである。本作には、彼らにとって三度目となる単独ライブの様子が収録されている。公演のタイトルはアンデルセン

突然だが、アンガールズ過去に本作を除いて四枚のDVD作品を発表しているが、それらの作品が全て、彼らの故郷である広島に関係しているということを皆さんは御存知だろうか。

最初に発売されたDVDのサブタイトル『ナタリー』は広島にあった遊園地の名前が、初めての単独ライブを収録した『88』広島東洋カープ山本浩二の監督時代の背番号が、二度目の単独ライブを収録したチェルニーサンフレッチェ広島に在籍していた外国人選手の名前が、それぞれ由来となっている。四枚目のDVDに至っては、広島のローカル番組『神様の宿題』の1コーナーを収録したものだ。今回の公演『アンデルセン』の名前の由来は、広島に本社があるパン屋から来ているそうだ。アンガールズが結成されて今年で六年になるようだが、彼らの広島に対する愛情は変わらないようだ。

さて。ミュージシャンにとって、その活動の方向性が明確になるのは三枚目のアルバムからだと言われているが、それは芸人にとっても同様と言えるのかもしれない。今回の単独ライブ『アンデルセン』は、これまでのアンガールズの単独ライブとは一風違った内容になっていた。一皮剥けた、とでも言うのだろうか。

これまでのアンガールズのコントは、設定を深く掘り下げるようなことが殆ど無かった。つまり、『警察官』なら警察官を、『象の飼育員』なら象の飼育員を、『写真部』なら写真部員をアンガールズ視点で消化しただけの純粋なカタチを、観客に提示するだけだったのだ。それはある意味、彼らが笑いに対して無欲だったと言えるのかもしれない。しかし今回のライブは、その純粋さをあえて崩し、更に新しい笑いを目指そうという彼らの欲望が垣間見られた。

例えば、『あさり屋』というコントがある。田中扮する“あさり屋”が、ベンチで俯きながら座り込んでいる山根の前で、ひたすらあさりの売り文句を叫び続けるコントだ。これはいわゆる「一言ネタ」であり、これまでのアンガールズには無かったスタイルの笑いである。他にも、ロックミュージシャンを嘲笑っているかのような『ロックオーディション』、田中への無茶ぶりとそれに対する奮闘ぶりが面白い『願い』、田舎のおっさんの哀愁を匂わせる『茨木すばらない話』など、実験的要素の見えるコントが多かった。

しかし、今回最も注目すべきコントは、ライブのエンディングを飾ったロングコント『同窓会』だろう。

『同窓会』には、二人の人物が登場する。一人は、アンガールズ田中卓志当人。そして、もう一人は、かつて田中の同級生だった“ササオカ”という男だ。ササオカは典型的な“田舎の若者”だ。豪快でなれなれしく、ちょっと空気が読めない。そんなササオカの存在を、田中はひたすらに苦々しく思う。そうして鬱憤が溜まりに溜まって、最終的に田中は爆発する。「十八年ぶりの同窓会で! みんなと楽しくしゃべれると思ったのに! ダメ出しされなきゃいけないんだよ!」と。しかしその後、田中は偶然にササオカの真意を知ることになる。

このコントで初めて、アンガールズが一世を風靡するキッカケとなった「ジャンガジャンガ」が披露される。しかし、それはショートコントのブリッジとしてではなく一つのギャグとして、しかも山根ではなくササオカを相方とした、いわば劇中劇の様な扱いだ。僕はこれを、アンガールズにとっての「ジャンガジャンガ」が過去のものであり、今後は「ジャンガジャンガ」をブリッジとしたショートコントを抑えていくというアンガールズの意思表明だったのではないか、と推測する。

現在、アンガールズがショートコントを披露する場は限りなく少ない。しかし、そのインパクト故か、世間におけるアンガールズのイメージには、まだ「ジャンガジャンガ」が含まれている。それを捨てるということは、これまでのアンガールズとの決別であり、新たなるアンガールズへの旅立ちと言えるのではないだろうか。

このコントの最後に、田中とササオカは次のようなやりとりをする。

ササオカ「(ジャンガジャンガが)よう流行ったのう、お前のう」

田中「うーん……まあ、それは俺もそう思う」

ササオカ「なんか時代とマッチしたんかのう」

田中「まあー……そうかもね」

この時の二人が、あの北野武監督による映画作品の名台詞と同義であったように思うのは、僕の気のせいだろうか。二人はまだ終わってはいない。まだ、始まってもいないのである。

余談。コントの幕間映像には、大宮エリーアンガールズも出演しているスピッツ『群青』のプロモーションビデオを撮影した人物)脚本・監督の映像が収録されている。タイトルの『アンデルセン』に倣った、ファンタジーな雰囲気がとても優しい。


・本編(92分)

「オープニングコント」「修学旅行」「ロックオーディション」「あさり屋」「願い」「エセ」「納得いかない」「茨木すばらない話」「同窓会」

・特典映像(16分)

「未公開幕間映像」「田吾作のオーディションビデオ」