菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

真・女狂人芸列伝『ハッピーマンデー』(鳥居みゆき)

鳥居みゆき ハッピーマンデー [DVD]

鳥居みゆき ハッピーマンデー [DVD]

 鳥居みゆきが売れている。不思議だ。そんな時代が来るなんて思いもしなかった。あのメンタルに障害を持っているような芸風は、どう考えてもテレビに出てくるものじゃない。でも、彼女は今、数多のテレビタレントの中で、文字通り踊っている。想像もしていなかった光景だ。
 近年、芸人がテレビで演じられるネタの範囲が拡大しているように思うことがある。青木さやかの出現以降、“キャラクターを作らないと芸人として売れない”という流れが、視聴者に“あれはキャラクターでやっている”という理解を、なんとなく浸透させてしまったからだろうか。テレビで見られる芸の幅が広がること自体は悪いことではないが、結果、その芸の本質が評価されにくくなってしまっている感もある。難しいところだ。
 鳥居みゆきも、またその流れの中にいる。彼女を評する言葉の多くは、彼女の表面的な部分にしか触れていない。特に、彼女の芸に対する批判の言葉は「あれはキャラクターでやっている」「意味不明」「障害者を演じるな」と、彼女の見た目やスタイルについてのものばかりだ。もし、そういったことを主張する人たちが今作『ハッピーマンデー』を見たら、どう思うだろうか。……ひょっとしたら、以前よりも酷い言葉で彼女の芸を批判し始めるかもしれない。
『ハッピーマンデー』は、鳥居みゆきにとって二枚目の単独DVD作品集だ。……とはいえ、2005年に発売された前作『ギャグラ! 鳥居みゆき編』は、ネタとグラビアを合体させるという、よく分からないコンセプトの作品だったので、純粋なネタDVDは今作が初と言えるのかもしれない(ただ、この作品の内容が動画サイトなどで注目されなければ、鳥居の今の状況は出来なかっただろうから、重要な一枚ではあるのだろうが)。
 今作鑑賞中、やたらとあることに目が付いた。それは、鳥居みゆきのネタの妙な頭の良さだ。ファミレスで独り言をブツブツ言いながらコックリさんを繰り広げる『コックリさん』、赤子の入った腹部をひたすら殴りつける『妄想妊婦』、会社の同僚の出来ちゃった結婚式でウェディングケーキの中に潜り込み、花嫁に切りかかろうとする『ひきこもり』……あらゆる設定がブラック過ぎるにも関わらず、そのボケの一つ一つが異常に完成されており、無観客という状態ながら、笑えるものになっていた。いや、妊娠を経験したことのある人は笑えないとは思うが。
 例えば、『妄想妊婦』というコントの一場面。何の脈絡も無くソロバンを持ち出し、「願いまして〜わ〜、長男な〜り〜次男な〜り〜三男な〜り〜」と我が子を換算するが、「こんなソロバン、もう要らん!」と投げ出し、「だって私は、暗算(安産)だから!」とか言う。上手い。上手いことを言ったというギャグではなく、単純に上手い。その他、子供が出来過ぎて「ご破算(破産)」だの、暴れまわった末に「ちょっと端数(破水)出ちゃった」だの、ブラックなのにやたらと上手いギャグが目に留まる。
 思うに、鳥居みゆきもデビュー当初は、それなりにまともなネタを作っていたのだろう。その計算されたボケの上手さは、そんな背景を物語っている。しかし、それではウケなかったのだろう。マギー審司がマジメな手品をたまにしかしないように、ラーメンズ片桐仁がいるように、人は計算されたものよりも、計算から外れた何かを求めるものなのだ。……その結果、今の鳥居“ヒットエンドラーン”みゆきが生まれたのだろう。
 その流れを考えると、鳥居みゆきの現在のスタイルはジキル博士とハイド氏に似ている気がする。ネタを考えるジキル鳥居と、ネタを演じるハイドみゆき。一部のテレビは、そんなジキル鳥居の部分を引き出そうと躍起になっているらしい。しかし、その瞬間、鳥居みゆきの中の住み分け関係が崩れてしまうに違いない。その結果は、決して素晴らしいものではないだろう。最悪の結末を迎えた、ジキル博士とハイド氏の様に。
 今作を鑑賞して、ハッキリしたことが一つある。鳥居みゆきは、テレビと生きていくつもりは微塵も無いということだ。有名になり始めた大切な時期に、テレビで放送できないだろう今作の発表は、テレビといつか決別するという彼女の覚悟の表れなのかもしれない。

・本編(52分)
鳥居みゆき100の質問.1」「コックリさん」「24時間監視.1」「妄想妊婦」「ポエム「ハッピーターン」」「ひきこもり」「鳥居みゆき100の質問.2」「ポエム「季節」」「24時間監視.2」「米のよしだ」「ポエム「佐々岡さんのバカ」」「鳥居みゆき100の質問.3」「24時間監視.3」「水子供養
・特典映像(6分)
「メイキング」「まさこ」「予告編」

 それにしても、テツandトモの大ヒット以降、テレビとは違うステージで活躍するであろう芸人たちが、定期的にテレビで注目されるようになっている感があるなあ。で、そういった芸人たちの多くが、テレビを捨てて、元のステージへと戻っていく。それがどうも、若手芸人達がテレビに放置されていた90年代のしっぺ返しを食らわせているように見えてしまうのは、僕が捻くれているだけなのだろうか。