菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『髭男爵 in エンタの味方! 爆笑ネタ10連発』復習編

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(2008/10/29)
髭男爵

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『エンタの味方!』第二期生が発表された当時、僕はマシンガンズの存在に違和感を覚えていた。というのも、当時のマシンガンズというと、女性をターゲットとしたボヤキネタばかりを披露していて、『エンタの味方!』みたいな特定のテーマに沿った漫才を披露しなくてはならない番組に、彼らはそぐわないのではないかと思っていたからだ。まあ、実際に蓋を開けてみたら、想像以上に彼らの芸の幅は広かったんだけど。

でも、今になって思うと、僕はむしろ髭男爵の存在に違和感を覚えるべきだった。何故なら、第一期生(ハマカーン・流れ星・キャン×キャン)の顔ぶれを見たら分かると思うけど、『エンタの味方!』のレギュラーになる若手芸人って、「ネタは面白いけど地味」なコンビばかりだったからだ。事実、髭男爵を除いた二組は、その流れに則っている。でも、当時の僕は、髭男爵の存在にまったく違和感を覚えることなく、それを受け入れてしまっていた。たぶん、彼らの芸が好きだったからだろう。愛着は理屈を越えるのだ。ラブ・イブ・オーバー!(意味が違う)

さてさて。髭男爵といえば、とにかく「貴族の衣装を身に纏い、貴族のフリをして、貴族の御漫才を披露する貴族のコンビ」というイメージが強いのではないかと思う。実際、そうなんだけど。ただ、彼らが売れた理由は、決して「貴族のキャラクターを演じたから」などという表面的な理由ではない。まあ、それも要因の一つではあるのだけれど。

彼らが有名になった今となっては、知っている人も多いのではないかと思うけれど、髭男爵は最初から貴族を演じていたわけではない。コンビ結成当初は、フツーの漫才師だった。が、そのうち、山田が男爵を名乗るようになり、貴族と平民のギャップをネタにするようになった。なんでも、くりぃむしちゅーの上田が「髭男爵ってコンビ名なのに、髭でも男爵でもねーじゃねえか!」とツッコミを入れたのが、キャラ変更のキッカケだったらしい。そんな「貴族始めました」の頃の彼らが、オンエアバトルでネタを披露している姿を、二度ほど観たことがある。貴族キャラに転身する前のネタを、貴族スタイルに改変したものだった。この後、平民の側からツッコミを入れていたひぐち君が、召使キャラに転身して、現在のスタイルになったのだ。うん。

ただ、コンビとしての髭男爵が完成されてから、現在の漫才スタイルへと移行するまでには、少しだけ時間がかかる。というのも、貴族と召使のスタイルが完成された当初、彼らが演じていたのは“貴族のお漫才”ではなく、“貴族がお送りするショートコンツェルンだったからだ。ショートコンツェルンとは、貴族と召使に扮した二人が、「貴族の間ではバカウケだけど、その面白さが平民に伝わるかどうかは分からない」というショートコントのことだ。そして実際のネタは、オチが見え見えなショートコントを披露し、その後で山田がフォローを入れるというもの。要するに、スベリ芸である。

この時、髭男爵はある手法をネタに取り入れる。その手法とは、ショートコントのオチになった瞬間、二人が手にしているワイングラスを互いに打ち鳴らす、というものだった。このワイングラスこそ、髭男爵が売れた最大の要因だったのではないかと、僕は考える。ワイングラスを使うことによって、髭男爵が生み出したもの。それは、聴覚的な刺激だ。髭男爵といえば、まず思い出されるのが二人の貴族らしさ溢れる衣装。この衣装は視覚的な刺激を生み出している。ここへ更に、ワイングラスを打ち鳴らして発生する音の聴覚的刺激を加えることで、彼らの印象をより強固なものへと進化させたのだ。

勿論、ワイングラスは芸自体にも影響を与えている。先にも書いたように、髭男爵のショートコンツェルンは「ショートコント→フォロー」というすべり芸の形式の上で成り立っている。ここにワイングラスの音を加えることで、ショートコンツェルンは「ショートコント→ワイングラスの音→フォロー」という形式になる。この形式において、ワイングラスの音はショートコントの終わりを告げると同時に、山田のフォローの始まりを物語っている。つまり、ワイングラスの音は、観客がより髭男爵の笑いを理解しやすいフォーマットとしての役割を担っていたのである。

このフォーマットを利用して作られたのが、“貴族のお漫才”だ。形式としてはショートコンツェルンとほぼ同じで、一見すると、ただショートコントとして独立していたネタ群を、一つのシチュエーションにまとめただけの様に見える。ただ、山田がツッコミ役として、ひぐち君がボケ役として、それぞれポジションを明確にしている点が、ショートコンツェルンとは大きく違っている。また、これまで、スベっているのは「上流階級の笑いと庶民の笑いの違い」を言い訳にすべり芸を展開していたショートコンツェルンに対し、この貴族のお漫才は、すべり芸だけではなく、ちゃんと漫才のネタとして成立するボケを生産するようになった点も、忘れてはならない。

以上のことから、髭男爵のネタとワイングラスは、切っても切れない関係性であることが分かっていただけたのではないかと思う。が、今作において、髭男爵ワイングラスとの離別を図っている。例えば、古書を持ち出して読み物漫才を展開したり、貴族のあるあると称した妄想ネタを繰り出したり、セクシーオリンピックなる奇怪なフェスティバルを催したりしている。恐らく、ワイングラスを持ち続けることで、自らのイメージが定着し、そのまま一発屋として埋没してしまうことに対する危機感からの工夫なのだろうが、いずれもワイングラスの聴覚的刺激を上回るほどの印象を与えていない。

間も無く『髭男爵 in エンタの味方! 爆笑ネタ10連発 ファイナル』をリリースする予定の髭男爵。そこでも恐らく、ワイングラスからの離別を図っているのではないかと思われるが、果たして、その実験は成功しているのだろうか。それとも、それらの目論見は全て失敗し、彼らは再びワイングラスと向き合うことになるのだろうか。楽しみである。