菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『ザブングル単独ライブ ~呆~』

ザブングル 単独ライブ ~呆~ [DVD]ザブングル 単独ライブ ~呆~ [DVD]
(2009/06/24)
ザブングル

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芸人のギャグと、サラリーマンの名刺。両者は自らの存在を相手にアピールするための最小限の情報を含んでいるという意味で、とても似ている。ただ、サラリーマンの名刺には外れがないが、芸人のギャグにはたびたび外れがある。大事な場所で、うっかり外れのギャグを披露してしまった日には、とっても恐ろしいことになってしまうだろう。しかも、状況によっては、外れだと思っていたギャグが当たりになってしまったり、当たりだと思っていたギャグがだんだんと外れに変化していっていったりもする。とても不安定だ。それでも、芸人が放つギャグには、とてつもない威力を発揮すせるものもあったりするから、油断ならない。時に、自らの存在以上の威力を見せるほどに。

ザブングルのボケ役である加藤歩は、その驚異の顔面が強く印象に残りやすいが、一方で、数々の個性的なギャグを持った芸人としても知られている。そんな彼の代表的なギャグが、顔をクシャクシャにして「悔しいです!」と絶叫するという哀愁漂うギャグと、「見ろや、この筋肉!」と右腕の筋肉を露わにし、それを左手でバッチンバッチンと叩きながら「カッチカチやぞ! カッチカチやぞ!」と絶叫するという怒気に満ちたギャグだ。悲しみの感情と怒りの感情を剥き出しにしたこれらのギャグは、小道具や難解な動きを必要としないためか、かなりの速度で一般に浸透していった。

しかし、いずれのギャグも、加藤が演じなければ面白くない。例えば、そこらの素人が「悔しいです!」と絶叫しても、あの表情ほどのインパクトを生み出すことは出来ないし、プロの格闘家が筋肉を剥き出しにして「カッチカチやぞ!」と叫んでも、筋肉があるのが当たり前の人たちではイマイチ意外性に欠け、笑えない。誰でも真似が出来るという性質を持ちながらも、その面白さを最も引き出すことが出来るのは、あくまでも加藤本人だけなのである。おまけに、M-1グランプリ2007決勝の舞台で披露されたことで、一気にその知名度を上げた筈のこれらのギャグは、未だに飽きられていない。その汎用性、希少性、耐久性において、ザブングル加藤のギャグは実に優秀であると言えるだろう。

ところが、加藤のギャグにも欠点がある。その欠点とは、加藤のギャグが狂気性という側面においては非常に弱いということである。先にも書いたように、加藤のギャグは感情を剥き出しにしながら発せられる。つまり加藤のギャグは、「感情を剥き出しにして意味不明なことを言っている」ということになる。しかし、感情的な人間が意味不明な言動を取ることは、決して無い話ではない。怒り狂った人間や泣き叫んでいる人間が、通常なら考えられないような言動を取るという事態は、日常において少なくない。だからこそ、FUJIWARA原西やペナルティワッキー猫ひろしなどといったギャガーたちは、基本的に無感情の状態でギャグを発する。その方がギャグにインパクトを与えられるし、なによりギャグの狂気性を増幅させることが出来るからだ。ああ、ややこしい。要するに、あらゆる状況下で繰り出すことのできる一般のギャグとは違い、加藤のギャグにはシチュエーションが必要だということである。

そんなザブングルの単独ライブ。てっきりギャグメインで展開するライブになっているのかと思っていたけれど、意外と設定に凝っているコントが多かった。例えば、上司と部下がすれ違った会話を繰り広げ続ける『リストラ』、加藤の鬱陶しい口ぐせが気になって仕方がない『口ぐせ』、「笑いは病に効果がある」という説を利用した医者コント『病院』などがそうだ。その一方で、加藤が軽犯罪を犯して松尾にこっぴどいめにあわされる『空港』、加藤演じる泥棒が松尾相手にてんやわんやになる『泥棒』の様に、テレビでのザブングルをイメージさせるコントも収録されており、そのバリエーションは豊かだと言えるだろう。ただ、どのコントも、基本的に松尾は松尾として、加藤は加藤として出演しているためなのか、設定が違っているだけで基本的な部分は同じと感じたことも否めなかった。

今後、彼らがコント師として躍進するためには、松尾と加藤のどちらかが通常とは違うキャラクターを多く演じられるようになるか、シチュエーションを更に特殊で独自性の強いものへと変えていくようにするか、どちらかの方法を選択する必要があるだろう。前者の道はオーソドックスな笑いに、後者の道はマニアックな笑いに通じる。果たして、次の単独ライブで彼らが見せる笑いは、どちらに偏っているのだろうか……何も変わらない可能性もあるな。うん。


・本編

『卓球選手』『空港』『合コン反省会』『リストラ』『ミュージシャン』『口ぐせ』『病院』『ファッション』『泥棒』『学園祭』

・特典

ザブングルの二人による副音声解説