菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『オードリーDVD』

オードリー DVDオードリー DVD
(2009/07/22)
オードリー(春日)オードリー(若林)

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M-1グランプリという大会の名目は、あくまでも“日本一の漫才師を決定する”ということにある。つまり、大会の優勝コンビがバラエティ番組でも活躍できる人材であるかどうかは、特に重要視されていない。彼らに求められているのは、あくまでも漫才師としての素質のみに限られるのだ。が、多くの視聴者はその事実を無意識のうちに忘れ去り、まるでM-1グランプリという大会で優勝するということは、あらゆる方面の笑いにおいて優れているという、とんでもない勘違いをしてしまい、優勝者たちに過度の期待を寄せてしまっている。確かに、M-1グランプリの優勝者の多くは、バラエティ番組の世界においても華々しい活躍を見せてはいるのだが……。

M-1グランプリ2008の優勝コンビであるNON STYLEにも、同様の期待が寄せられていた。ただ、それはこれまでの優勝者に対する期待とは、まったく違った色合いのものだった。何故ならば、彼らはただ単に期待されていたのではなく、別のとあるコンビの活躍を意識した上での期待だったからだ。彼らはそのコンビと比較されることで、過去の優勝者よりも大きく期待されると同時に、あまりに非情な重圧を背負わされるハメになってしまった。そのとあるコンビこそ、M-1グランプリ2008においてNON STYLEに次ぐ準優勝という記録を残したオードリーである。

思えば、M-1グランプリにとっての2008年は、大会として再起をかけた年だったと言えるだろう。何故ならば、近年のM-1グランプリは、漫才師の実力よりも漫才師の個性を持ち上げる傾向にあり、ただ漫才を審査する大会ではなく、聞こえの良い宣伝文句で個性的な漫才師たちを叩き売る市場と化していたからだ。その結果、前大会にあたるM-1グランプリ2007では、敗者復活戦を勝ち上がったサンドウィッチマンの優勝によって幕を閉じるという、大会にとっての“悲劇”が起きてしまった。もう二度と、あのような事態を招いてはならない。大会関係者の誰もが、そう考えたことだろう。

そうして行われたM-1グランプリ2008。その決勝の舞台に立っていたのは、いずれもお笑いフリークたちに高く評されている実力派漫才師たちばかりだった。そこには、派手なキャッチフレーズで視聴者の御機嫌を伺うことのない、かつて硬くガチンコな漫才賞レースとして注目され始めていた時代のM-1グランプリが、確かに存在していたのである。ところが、硬派でガチンコな漫才大会は如何せん、地味すぎた。確かに彼らは実力者ではあったのだが、その実力とは裏腹に、いわゆる華々しさという点においては、過去の決勝進出組に比べて圧倒的に弱かった。過去への反省を踏ま過ぎた結果、テレビショウとしての側面を無視してしまったのである。

そんな、いわば審査の穴とも言える部分に、オードリーは敗者復活戦から滑り込んだ。準決勝の審査員連中によって選ばれたのではなく、敗者復活戦会場に集められたお笑いバカな観客たちによって選ばれたオードリーは、いわゆるオーソドックスな実力派漫才師としての手腕を持つタイプではなかったが、観客を惹きつけるために必要な“春日”という華と“若林”という話術を持ち合わせていた。結果、彼らはサンドウィッチマンに続くことは出来なかったが、敗者復活戦から準優勝を果たすという高記録を残したのである。

その後の彼らの活躍については、もはや説明する必要もないだろう。他に類を見ない強烈なキャラクターの持ち主である春日は、テレビバラエティが注目するには十二分すぎるほどに派手で個性的だった。その当時は、テレビだけではなくネットも春日に注目していた。日ごろは芸人に対して批判的な意見が飛び交うことの多いインターネット上においても、春日のそのキャラクターは高い支持を集め、彼をモチーフとした二次作品が数多く誕生したのである。そうして、本来ならば話題の中心になっている筈の優勝コンビ・NON STYLEを抑えるかのように、オードリーは様々な情報機関で取り上げられるようになった。誰もが疑うことなく、彼らを面白い芸人として受け入れていたのである。

そんな人気絶頂の最中、遂にオードリーが初の単独映像作品をリリースした。タイトルは『オードリーDVD』。とてつもなくシンプルなタイトルが、彼らのコンビとしての勢いを印象付ける。本編にはネタが十本収録されており、うち四本が漫才、うち四本がコント、うち二本がそれぞれのピンネタという内訳になっている。

収録されている漫才は、いずれもクオリティが高い。お馴染みの“ズレ漫才”スタイルで繰り広げられる『親孝行』、春日が小さな生徒たちを手の動きだけで表現する小劇場型コント漫才『転校生』、春日の私生活がさりげなく明らかにされていく『カスガクイズ』など、どれも非常に面白かった。まだまだ漫才師として開発途上であるためか、どの漫才もスタイルが完成されているという印象は薄く、そのことが彼らの将来性を物語っていたように思うが、どうだろうか。なお、本編の最後に収録されている『デート』は、二人の不用意なアドリブのせいでぐずぐずになってしまっているが、二人の私的な表情をうかがうことの出来る映像という意味では、貴重な漫才だと言えるのかもしれない。ファン目線。

一方のコントに関しては、なにやら必要以上にマトめられている印象を受けた。アメリカナイズされた父親に恋人を紹介する『結婚の挨拶』、ほぼ全裸のスタイリストが淡々と服を薦めていく『スタイリスト』格闘ゲームのアフレコ現場の様子を映し出した『サラリーマンファイター』など、最初に提示されたシチュエーションの面白さだけを消費していくだけの感。漫才師としては確実に完成されつつあるオードリーだが、コント師としてはイマイチ進歩していないようである。まあ、そこまで高望みする必要もない気がするが。

また、特典映像には「春日にお金を使う楽しさを知って頂こうプロジェクト」を収録。絶望的にケチな春日の財布の紐を悪意たっぷりに緩めてしまう“悪童”若林の姿が映し出されている。ちなみに余談だが、その若林と供に春日の財布を狙うメンバーとして、ハマカーン浜谷とどきどきキャンプ佐藤も出演している。本当に余談だ。なかなか面白い映像ではあるのだが、如何せん収録時間が長く(春日の貯金が使用される様子が86分も収録されている!)、途中でダラけてしまっている感は否めない。収録時間を欲張り過ぎたのかもしれない。

今や、その人気は不動のものと言っても過言ではないオードリーだが、今作に収録されているライブの雰囲気は、かつてオードリーが売れそこなっていた頃に行っていただろうライブの空気を再現しているように感じられた。あの頃をもう一度。ドゥーユーリメンバーミー。厳選ネタを収録しているという今作は、売れていなかった時代との決別を意味しているのか、それとも売れていなかった時代の空気を捨てられていない現状を意味しているのか。ただ言えるのは、普段のオードリーの漫才を期待して鑑賞すると、些か期待はずれに感じられてしまう可能性がある、ということである。困ったもんだ。ちなみに、僕には……うーん。察して。


・本編(90分)

『漫才「親孝行」』『結婚の挨拶』『漫才「転校生」』『スタイリスト』『若林ピン』『ショートアメフト』『漫才「カスガクイズ」』『祭』『サラリーマンファイター』『漫才「デート」』

・特典映像(86分)

「春日にお金を使う楽しさを知って頂こうプロジェクト」

※隠しトラックがあるらしい。