菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『千原兄弟コントライブ「ラブ」』

千原兄弟コントライブ「ラブ 」[DVD]千原兄弟コントライブ「ラブ 」[DVD]
(2009/08/19)
千原兄弟

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千原ジュニアが愛を語るという。まさか。そんなバカな。あの、千原ジュニアが。意外などという言葉では片づけられない衝撃である。勿論、千原ジュニアが愛を感じない冷血漢などということを言いたいわけではない。彼が愛について語ることなどありえない、などという決めつけはすべきではないだろう。が、これがコントとなると、話は別だ。

千原ジュニアといえば、場に適したコメントを残せるテレビタレントとして、また日常で体験した理不尽を“すべらない話”に昇華する語り手として、それからあらゆる設問に対して面白い回答を思いつくことの出来る大喜利師として知られている。が、ジュニアがその真の才能を最も開花させることのできる手法は、コントにおいて他に無い。

そんな千原ジュニアが創造するコントには、何処となく薄暗さを感じさせるものが多かった。特に先のコントライブ『15弱』では、その傾向が顕著に表れている。そのシチュエーションだけを見ても、「飛び降り」「病院」「処刑台」「葬式」と、あまり陽気とはいえない内容だったということが分かる筈だ。そんなコントを作り出していた千原ジュニアが、コントで愛を謳うという。千原兄弟コントライブ、その名は『ラブ』。ジュニアは果たして、その舞台でどのような愛を謳ったのか。

ライブのオープニング。出演者である千原兄弟陣内智則ケンドーコバヤシ高橋茂雄(サバンナ)の五人が、舞台にズラリと並んでいる。皆、スソの短いズボンを履いている。小学生をイメージしているのだろう。初めに口を開いたのは、サバンナの高橋茂雄。どうやら明日は授業参観日で、彼らの父親が授業を見に来るらしい。それぞれ、父親のことが大好きらしく、一人が「僕の父さんが一番カッコイイもんね!」と言い始めた途端、他の四人も続けて「僕の父さんが一番カッコイイもん!」と口にする。それぞれが父親のことを言い終わると、舞台は暗転。映像が流れ始める。それぞれの父親が、息子と「一番カッコイイ格好で行く」ということを約束している風景が映し出されている。全ての父親が息子との約束を終えると、再び舞台が明るく照らされる。するとそこには、各々の“カッコイイ”を全力で表現している父親たちの姿が。

息子を愛している父親たちが、全力でその期待に応えてようとした結果が、笑える。誰も傷つかない。誰も傷つけない。このオープニングコントは、ジュニアが今回のライブタイトルを、ただ奇を衒うために決定したわけではないということを、確かに証明していた。そのコントから溢れていたのは、確かに愛、即ち『ラブ』だった。

コントを通じて伝えられるジュニアの愛は、その後も続く。男子プロ野球チームと対戦することになった女子プロ野球チームの、あまりにも熱すぎるドラマを描いた『女子プロ野球』、愛する彼女から借りた携帯電話から、驚くべき情報が次々と伝えられてしまう彼氏の苦悩を描いた『ボクカノ』、いい年齢の大人たちが小学生の如くはしゃぎまわる『けいしちょうそうさいっか』。なんとなく、ほのぼのとした世界のコントたちは、観客を着実に『ラブ』の空気に包みこんでいく。

その一方で、ジュニアの鋭い感性もまた衰えを見せてはいなかった。中でも強烈だったのは、携帯電話のボタンに記載されている文字を、千原せいじクレーマー体質イジりに応用した『7まPQRS』。七つの不満があるというせいじが“7”、その不満を「まあまあ」と抑える陣内が“ま”、そしてせいじをイジる外国人を演じるジュニアが“PQRS”。言葉で表現するのは難しいが、とにかくその発想に驚かされるコントだった。

そしてライブは後半へ。

 

後半に突入しても、しばらくは愛らしさを感じるコントが続く。しかし、とあるコントで空気が変わるのである。そのコントのタイトルは『いたずらマジカルハニーラブちゃん』。舞台上の人間には見えない、いたずら好きな妖精マジカルハニーラブちゃんが、人間たちにいたずらを仕掛けていくというコントだ。最初は、そのシチュエーション通りにコントが展開する。が、突然、出演者たちがマジカルハニーラブちゃんの存在を認識し始める。そして彼らは口々に、このコントを書いた千原ジュニアに対する文句を言い始める。この瞬間、『いたずらマジカルハニーラブちゃん』のコント世界は、唐突に崩壊する。

確かに、このコントは他のコントに比べて、少しばかりジュニアが自由にやりすぎではないかと思える部分も少なくはなかった。あまりにもフツーのボケを演じさせるという構成も稚拙と言えたかもしれないし、なによりジュニアの妖精ファッションは酷かった。しかし、このコントがこれまでの流れを遮るほどに酷かったかというと、決してそんなことはなかったと言い切れる。これまでの流れの中に『いたずらマジカルハニーラブちゃん』の存在は、決して不自然ではなかった。そんなコントを否定し、尚且つその世界を崩壊させたということは、即ち、これまでの流れを全て否定するに等しい行為であると言えるだろう。

『いたずらマジカルハニーラブちゃん』の後に披露されたコントは、全部で三本。うち一本は、先に披露されたコントの続編的な内容なので、オリジナルは二本ということになる。この二本のコントは、今回のライブにおいて、明らかに存在が浮き出している。この二本のコントに、ジュニアはどんなメッセージを詰めたのだろうか。今の僕には分からないが、きっと何かがそこにはある。あえてそれまでの流れを崩し、打ち出された二本のコント。傑作になりえた『ラブ』というライブを根底から覆し、披露された二本のコント。ここに、これからの千原ジュニアを意味する何かが、きっとある。何も無いのかもしれないが。


・本編(99分)

『父兄参観』『女子プロ野球』『ラーメン 一心』『ボクカノ』『僕の好きなもの』『けいしちょうそうさいっか』『7まPQRS』『featuring』『少年探偵21休くん』『16時10分発のぞみ』『いたずらマジカルハニーラブちゃん』『Pizzalian』『クマとウサギとリス』『ザ・ドキュメント』