菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『小林賢太郎ソロコント公演「DROP」』

Kentaro Kobayashi Solo Performance Live Potsunen 2008 『DROP』 [DVD]Kentaro Kobayashi Solo Performance Live Potsunen 2008 『DROP』 [DVD]
(2009/08/19)
小林賢太郎

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「じゃない方芸人」という言葉が、流行しつつある。人気のあるお笑いコンビのうち、あまり目立っていない方、コンビの中枢を担っていない方のことを、そういう風に呼ぶのである。例えば、オードリーの若林は“春日じゃない方”、ナイツの土屋は“ヤホーじゃない方”、天津の向は“詩吟じゃない方”というように呼ばれる。もし、あの時代に、この「じゃない方芸人」なる言い回しがあったとしたら、きっと彼もまた「じゃない方芸人」と呼ばれていたに違いないだろう。

ラーメンズの“モジャじゃない方”こと小林賢太郎による一人舞台「Potsunen」の新作が発表された。タイトルは『DROP』。奇しくも、品川庄司ミキティじゃない方が出版した小説本とタイトルが被っているが、特に関連しているわけではないだろう。ちなみに、“DROP”という単語には「しずく」「わずか」「低下」「スロット」「耳飾り」「飴玉」などの意味があるらしい。パッケージには、様々な小道具が配置されている部屋で、何処か遠くの方を見ている小林の写真に、そんな彼を囲むように、小道具で作られた“DROP”という単語が。小林が一人舞台「Potsunen」を行うのは今回で三度目になるが、このパッケージは、本公演がこれまで以上に小道具を多用している公演であるということを示唆しているのかもしれない。

DVDを再生すると、パッケージにも写されている部屋と、本公演の唯一の出演者であり主演でもある小林の姿が。何の前フリもなく、小林は物語を紡ぎ始めた。「太平洋を漂流していた男が無人島に流れ着き、砂浜で錆びついたドロップの缶を拾います……」。何処かで聞いたような気がする話が、淡々と語られていく。そのうち、物語は語られるのではなく、会話のみで構成されるようになる。それはまるで、落語の様に。物語のオチも、落語の様に切れ味のあるものだった。

オープニング映像が終わると、再び小林の一人語りが始まる。江戸ッ子口調の毛虫と会話が出来るようになった少年の一日を、コミカルに描いた物語。オープニングアクトよりも長く、じっくりと話は進む。今回の舞台は、どうやらファンタジー色の強い落語が軸となって展開するらしい。

その後は、過去の公演を彷彿とさせる演目が続く。「Potsunen」では定番となっている言葉置き換えネタ『アナグラムの穴』。最初のソロライブにも登場した客員教授が再登場する『コミヤヤマ』。二度目のソロライブのシチュエーションを彷彿とさせる『史上最大アメリカ横断ウルトラなんとか』。過去の公演を観賞している人間なら、誰もがニヤリとしてしまうだろうコントが続く。この辺りはファンサービスとしての意味合いも強いのだろうが、予備知識が無くても楽しめる内容になっているあたりは、流石と言うべきだろうか。

全てのパフォーマンスが終わったかに見えたところで、再び小林の一人語りが始まる。「願望には、大きく分けて二種類あります。現実的か、非現実的か」。それから、これまでの殆どの演目に関連したネタが、じんわりと再登場していく。ラーメンズのライブでも使用されている、お馴染みの演出だ。物語は佳境へ。最後に登場するのは、かつて子どもだった男と、その男の前から姿を消した一匹の毛虫だ。彼らは思わぬタイミングで再会を果たし、そして消えていく。

後に残るのは、不思議な後味。少なくとも、飴の様に甘くはない。なんだろう。満足感とも、不快感とも違う、なんだか不思議な後味が残っている。いや、小林のパフォーマンスを楽しんだことは間違いないので、満足はしている。ただ、その満足とは別に、何かが残っている。その曖昧な後味を、あえて言葉で表現するなら、それはきっと小林が生み出す「非日常的世界」に惑わされてしまったからなのだろう。過去、あらゆる舞台で“非日常”を描いてきた小林だが、その根底には必ず「圧倒的な日常」が存在していた。その「圧倒的な日常」が、今回の公演には欠けていたと思う。きっと、意図的に欠いたのだろう。何故なら、この後に小林が行うラーメンズ公演『Tower』もまた、「圧倒的な日常」とは掛け離れた空気が保たれていたからだ。新たなるステージに向かう小林に、もといラーメンズに、期待したい。


・本編(124分)

『小噺』『椅子落語 其ノ一』『アナグラムの穴』『コミヤヤマ』『サウンドノベル』『史上最大アメリカ横断ウルトラなんとか』『メロス』『干支』『Drop』『椅子落語 其ノ二』