菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『伊東四朗&小松政夫 in エニシングゴーズ』

伊東四朗&小松政夫 エニシング ゴーズ [DVD]伊東四朗&小松政夫 エニシング ゴーズ [DVD]
(2006/09/22)
伊東四朗;小松政夫

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「あの頃は良かった」という言葉が好きではない。この言葉を使うと、今という時代が否定されているように感じてしまい、その否定されている時代に青年期を過ごしている自分はどうすれば良いのだ、などと考えてしまうからである。おそらく、口にしている当人に、そういった意識はないのだろうが。

さて、ここに『エニシングゴーズ』という作品がある。1995年に行われたコント舞台を映像ソフト化した作品だ。この舞台には、二人の芸人が出演している。一人は、高名な喜劇俳優として知られる一方でテレビバラエティでも活躍している伊東四朗。そして、もう一人は、これまた高名な喜劇俳優として知られ、テレビドラマや舞台に引っ張りだこの小松政夫。この二人の名コメディアンを交えて繰り広げられるのは、“昭和”をテーマにしたナンセンスコントだ。かつて昭和を駆け抜けていった二人のコメディアンが、平成の真っ只中に昭和を笑い語るわけである。

話の筋はこうだ。「時は太平洋戦争末期、恋のライバルで親友のコマツとイトウは、学徒動員によって缶詰工場で働かされていたが、盗み食いがバレて出兵を命じられた。輸送船で適地に攻め込むつもりが、突然の嵐に船は沈没。二人は命からがら熱帯の孤島に泳ぎ着くのだった。果してその後二人は、生きて故郷に帰れるのであろうか? そして、戦後の二人の落ち着き先とは??」。以上、ジャケットの裏に書かれた文章から抜粋。手抜きではない。

このストーリー紹介から分かるように、今作は昭和という時代を生きた二人の男を主役に展開している。最初の舞台は太平洋戦争末期の孤島。それから伊東の葬式会場を経由して、力道山に沸くプロレス全盛時の楽屋、テレビタレントオーディション会場に、高度経済成長時のオフィス……まさに昭和という時代の激動ぶりを物語るかのように、コントは次々と違ったシチュエーションと入れ替わる、立ち替わる。それらのシチュエーションを、やはり昭和という時代を駆け抜けてきたコメディアンの二人が演じていく。言葉遊びの冴え渡った、ナンセンスで無意味な笑いの数々は、確かに昭和という時代を舞台上に再現していた。

激動の時代、昭和を駆け抜けてきた二人の舞台は、昭和六十四年の天皇崩御とともに終焉を迎える。舞台には、車椅子に座り込んだ二人の姿。愚痴っぽくなった二人の老人は、これまでの出来事を振り返りながら、昭和の時代を懐かしんでいく。それはまさに、冒頭で書いた「あの頃は良かった」状態。でも、この舞台を全編に渡って鑑賞してみると、その言葉に対する反感の念は僕の中には生れない。何故なら、この舞台を見終わった後だと、「あの頃は良かった」と言いたくなる感情が理解できるからだ。

舞台のエンディングで、二人は語る。

小松「伊東さん。新しい年号を知ってますか?」

伊東「おおっ、なんですかな」

小松「これがねあんた、ヘイセイっちゅうんだね」

伊東「ほほーう、ヘイセイ?」

小松「平らに成ると書いて、平成ってんですが、笑かしちゃいけませんよねえ。平らになんか成って、たまるもんですか……」

 (省略)

伊東「昭和はまだ終わっとりませんぞ」

小松「いやいや、昭和は終わりましたぞ伊東さん」

伊東「昭和はね、小松っちゃん。ヘイセイを装っとるんです」

激動の時代を駆け抜けてきた二人にとって、昭和は単なる年号としての意味を持たない。そこには、その時代を生き抜いてきたのだという自らの歴史が深く刻まれている。その刻印を眺め、ふと思う。平成を生きている自分は、その歴史を平成に刻めているのだろうか、と。そして、平成の終わりを迎えるころに、こんなジョークを言えるだろうか、と。熱を帯びた昭和という時代の黎明から終焉までを描いた今作は、時代の終わりを知らない僕に、時代の終わりが持つ寂しさと切なさを伝えていた。いや、終わってないらしいんだけどね。なにせ昭和は、ヘイセイを装っているんだから……。


・本編(99分)

『オープニング』『無人島にて…』『イトウのお葬式にて…』『プロレス試合前の楽屋にて…』『テレビタレント公開オーディション会場にて…』『会社応接室にて…』『高級老人ホームにて…』『エンディング』