菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『アンジャッシュベストネタライブ「キンネンベスト」』

アンジャッシュ ベストネタライブ 「キンネンベスト」 [DVD]アンジャッシュ ベストネタライブ 「キンネンベスト」 [DVD]
(2009/10/23)
アンジャッシュ

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今更ながら、アンジャッシュは凄い。いやいや、わざわざお前に言われなくてもそんなこと知ってるよ、なんて思ってる貴方、ちょっと待って。貴方が思っているのは、アンジャッシュのコントの台本というか、構成というか、そういったクオリティのことだと思うんだけど、そうじゃない。いや、それもあるんだけれど。なんだったら、最終的にはそういう話になっていくと思うんだけど、それはとりあえず置いておこう。

僕がアンジャッシュを凄いと思うのは、そのスタイルが多くの人に知られているにも関わらず、それでも未だに面白いネタを作っている芸人として評価され続けていること。これはかなり凄いことだと思う。大抵、アンジャッシュのコントというと、まあ、“ズレ”ているコントだということは、もはや誰でも知っている事実。児嶋さんが言っていることを、渡部さんが間違って解釈して、それに児嶋さんが帳尻を合わせようとするから、どんどん会話がズレていく。全部が全部そうだというわけじゃないけど、アンジャッシュのコントってそういうイメージが強い。で、そのイメージ通りのネタを、彼らはちょくちょく演じている。それなのに、面白い。見ているこっちは、このコントもズレるんだろうなってことも、こういう感じにズレていくんだろうなってことも全部分かっているのに、きっちり面白い。

例えば、今作に収録されている『バイトの面接』というコントだけれど、これも基本的な形は、以前からアンジャッシュが見せていたネタの形とまるで同じ。どういうコントなのかというと、バイトの面接に来た児嶋さんを、店長の渡部さんが万引き犯だと勘違いして尋問していくというものだ。……ほら、物凄く既視感のあるネタじゃない? でもこのネタ、物凄く面白い。アンジャッシュの最高傑作は今の今まで『THIRD EYE ~開~』に収録されている『携帯』だと思ってたんだけど、それに匹敵するくらいに爆笑した。

だからもう、アンジャッシュにとっての“ズレ”って、もはや単なる手法じゃなくなってるんだよね。もう、あれは専売特許だよ。専売特許。もし他の芸人が同じようなことしても、「あ、これアンジャッシュじゃね?」とか思っちゃうもん。で、そういった人たちにとって、もうアンジャッシュの新作は「どんな新ネタを披露してくれるんだろう?」じゃないんだよね。「どんな新“ズレ”を披露してくれるんだろう?」なんだよね。もうアンジャッシュは、その域まで到達しちゃってる。おっそろしい話だよ、本当。

しかもアンジャッシュは、そんな客の期待にしっかりと応えちゃう。これまでと同じ形のネタにもかかわらず、ネタの流れが気づかない程度に進化してるんだよね。これがアンジャッシュの、真の恐ろしいところ。例えば、今作の『ゲストが来ない』。生放送ラジオ番組にゲスト出演する予定だったお天気お姉さんが出られなくなったので、天気予報の音声素材をどうにか工夫して、どうにか出演しているかのように見せようというコント。これのフォーマットはまんま『ピーポーくんの交通安全教室』(from『ネタベスト』)なんだけど、『ピーポーくん~』における笑いのないフリパート(渡部お兄さんが普通にピーポーくんと会話するシーン)の部分が、『ゲストが来ない』では完全にカットされている。この差は大きい。

『ピーポーくん~』の場合だと、メインのボケパートに入る前に、どうしても笑いのないフリパートが必要になってくる。何故なら、この交通安全教室で使われているピーポーくんの発言を、観客は事前に知らないから。フリパートを抜いて、いきなりボケパートを披露しても、観客はまず理解してくれない。でも、『ゲストが来ない』にはフリパートが必要ない。何故なら、観客の多くは天気予報番組などで、お天気お姉さんがどういうことを言っているのかを経験上知っているから。『ピーポーくん~』みたいに、発言を確認する必要がない。だから、以下の様にどんどんボケをハメられる。

渡部「北九州出身で、後に東京に出られたんですね?」

お天気お姉さん「九州地方から、徐々に北上してきました」

渡部「お誕生日はいつなんですか?」

お天気お姉さん「例年通りになるでしょう」

渡部「血液型はA型なんですね?」

お天気お姉さん「今後、O型(大型)になる恐れはありませんので、ご安心ください」

なんだか掛け言葉みたいだ(笑)

この他にも今作『キンネンベスト』には、カツラの上司に部下が告白を嘆願する『カツラ』、壁を一枚隔てて聞こえてくる医者の言葉にやきもきする『診察の結果』、ちょっとした間違いで生じた食い違いが不思議と噛み合ってしまう『社員旅行の写真』と、いずれもその形の元となっているネタが過去にあったけれど、どれもこれも面白い……って、なんかエコヒイキしているみたいだけど、本当に面白かったんだから仕方ない。

ただ一点、気になったところがあった。それは何かっていうと、本編の最後に収録されているコント『誕生パーティー』における、エキストラの扱い。過去、アンジャッシュのコントには、メンバーの二人以外にエキストラを使ったネタが幾つかあった。ただ、それら過去のコントは、いずれもエキストラが本当に小道具程度の役でしかなかったんだよね。でも、この『誕生パーティー』におけるエキストラは、それなりにガッツリとコント本編に絡んでくる。そこが気になった。

もはや“ズレ”の手法はアンジャッシュの専売特許だと先に書いたけれど、これはコントの領域にのみ成立することだ。これがもし、アンジャッシュというコンビの世界だけで作られたものではなくなり、他にもたくさんの出演者を要する舞台を構成するようになったら、それはもはやコントではない。演劇だ。で、彼らが演劇の領域に入ると、ちょっと作風が被ってしまう人が一名いる。下手すれば、侵犯行為とか思われちゃうかもしれない。まあ、もし実際にアンジャッシュがそういうことを始めたとしても、其の人はそんなこと言わないだろうけど、なんだか余計なことを気にしてしまう。たぶん、変に規模を大きくしてもらいたくないからなんだろうなあ。だって、二人がズレてこそのアンジャッシュだからね。

コンビ結成十六年目、欲を出し過ぎることなく活動を継続してきたアンジャッシュ。これからも、変に欲を出すことなく、淡々と結成二十周年を迎えてもらいたいところ……ああ、そうか。もうあと四年で、彼らも結成二十年目を迎えるんだなあ……。


・本編(59分)

『開幕式』『アルバイトの面接』『ゲストが来ない』『カツラ』『診察の結果』『感動エピソード(「旅立つ彼女」「映画出演」「結婚」「ファン」「賞金」「看病」)』『社長のイス』『社員旅行の写真』『誕生パーティー』

・特典映像(9分)

「あの時君は若かった」「キンネンベスト バックステージ」

・本編のコメンタリー映像&副音声