菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『磁石単独ライブ「大フィーバー」』

磁石 単独ライブ「大フィーバー」 [DVD]磁石 単独ライブ「大フィーバー」 [DVD]
(2009/12/16)
磁石

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M-1グランプリの決勝メンバーが発表される時期いになると、必ず「このコンビは決勝に上がるのでは?」という予想があちらこちらで立てられる。実際、僕もやった。はっきり言って、何の意味もない行為だと思う。当たったからって誰かに褒められるわけじゃないし、もちろんお金が貰えるわけでもない。それでも何故か、この時期になると「決勝メンバーを当てるぞ!」という、変に盛り上がった気持ちになるから不思議だ。そんなことやってるヒマがあるのなら、有馬記念の予想を立てた方がずっと得だろう。少なくともこっちは、当たれば懐が温かくなるわけだし。

このM-1の決勝メンバー予想において、やたらと名前を見かけるコンビというのがいる。別に準決勝で大爆笑をかっさらったと評判になっているわけではないし、ちょっと巷で話題になりつつあるコンビというわけでもない。ただ毎年、なんとなく皆に支持されている。そして、そういったコンビは往々にして、それなりに実力はあるけれど結果を残せていないという、不遇の状況にある。

恐らく、彼らの名前を予想に加えている人たちは、予想というよりも「こうなってくれれば嬉しいのに…」という理想を、そこに綴っているのである。優勝しなくてもいい。ただ、とにかく決勝戦に上がってくれれば、それでいい。それだけで、少なくとも以前よりは知名度が上がるし、注目もされる。そうすれば、こんな停滞した状況から抜け出せる……。そんな支持者の悲痛な思いが、単なる遊戯でしかない筈の決勝メンバー予想に、彼らの名前を加えようとしてしまうのである。まあ、そこまで深刻に考えている人は、そんなにいないとは思うが。

近年、必ずと言っていいほどにM-1の決勝メンバー予想に名前が加えられるコンビの筆頭が、この磁石だ。イケメンのツッコミ佐々木とメガネのボケ永沢によって結成されたこのコンビは、彼らがまだ爆笑オンエアバトルに出場する権利を持っていた頃から、一部のお笑いフリークの間では注目されていた。M-1グランプリでもそれなりに結果を残しており、2003年の初出場以来途切れることなく、2009年現在まで準決勝へと駒を進めている。それだけの実力があるにも関わらず、彼らは現在に至るまでお笑いの賞レースを制した経験が無い。何故か。

理由は、実ははっきりしている。磁石の漫才には、彼らならではの持ち味が不明瞭すぎるからだ。これぞ磁石の芸風と言えるほどにアピールできる要素が、彼らの漫才には欠けている。このことは彼ら自身も意識している様で、ここ数年は永沢のボケを一度放置しておいて、後から佐々木がそれらのボケの一つ一つにツッコミを入れていくという、いわば「思い返し漫才」とでもいうようなスタイルの漫才を開発しているようだ。個人的にこのスタイルの漫才、ちょっと座り心地が悪い。面白くないわけではないのだけど、なんだか変にスタイルに固執し過ぎている様に感じているのだろうか。

そんな磁石が2009年9月に行った単独ライブ『大フィーバー』がDVDになった。二人の持ち芸である漫才はもちろんのこと、あまりテレビで観る機会のないコントやVTRネタも収録されている。ちなみに、このライブで披露されている『子供に好かれたい』という漫才は、彼らが今年のM-1グランプリにかけていたネタだ。なかなか面白いネタだったのだが、結果は……うん。

この単独ライブにおいても、磁石ならではの持ち味はそれほど見受けられない。永沢がハチャメチャなラジオDJに扮する漫才『ラジオパーソナリティ』、ホームをレスした中年男性が病気の少年のお見舞いにやってくるコント『お見舞い』、カラオケボックスで二人のサラリーマンがだべりまくるコント『カラオケ』など、一つ一つのネタは確かに面白い。でも、何処か実力を発揮しそびれている印象を受けた。磁石当人が自らの見せ方に試行錯誤しているような、そんなイメージ。

そんな中、ちょっとだけ僕の中で引っかかったネタが、今作には一本だけあった。そのネタとは、『ムカツクカルタ』である。『ムカツクカルタ』は、コント『お見舞い』の中に少しだけ登場するオモチャを紹介するというVTRネタだ。文字通り、ちょっとムカツク一言が書かれているカルタで、永沢がそれを読みあげるたびに、佐々木がイライラしながらツッコミを入れるという流れになっている。このネタに、磁石の本来の芸風が盛り込まれているのではないかと、僕は感じたのである。磁石のネタの主軸となっている永沢のボケには、二つの傾向がある。あまりにもテキトー過ぎる言葉遊びと、ちょっとネガティブで薄ら暗いキーワードのぶっこみだ。この両方を合わせて、上手い具合に昇華しているのが、この『ムカツクカルタ』なのである。

というか、かつての磁石はそれが出来ていた筈なのだが、漫才師として成長するにつれ、そういったネガティブな要素を流し気味に使うようになってしまった印象がある。しかし、せっかくの持ち味を捨ててしまうのは、些か勿体ない。ここは一つ、『ムカツクカルタ』の手法を上手く取り入れた漫才を作ってみるのはどうだろう……などと、非常に偉そうなことを考えてみたのだけれど、どうだろうか。どうだろうって二回言ったな。重複。

今年のM-1グランプリ出場がラストチャンスだと言われていた磁石。しかし、永沢の公式ブログによると、どうやら本当は来年こそがラストチャンスの年になるのだそうだ。M-1出場をかけた最後の年に、多くの支持者の理想を背負って、今度こそ磁石は結果を残すことが出来るだろうか。


・本編(99分)

「コント:パンドラの箱」「VTR:オープニング」「漫才:ラジオパーソナリティ」「VTR:ドラマ「走馬灯」」「コント:ザ・ナカムラブラザーズ」「VTR:ザ・ナカムラブラザーズPV」「漫才:子供に好かれたい」「コント:お見舞い」「VTR:ムカツクカルタ」「漫才:CM」「コント:カラオケ」「VTR:酔ってチャレンジ 前編」「コント:超無駄塾」「VTR:酔ってチャレンジ 後編」「漫才:親への手紙」「VTR:親への手紙」

・特典映像(27分)

「ムカツクカルタ ロングバージョン」「酔ってチャレンジ 屋外編」「酔ってチャレンジ 屋内編」