菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『阿曽山大噴火のさいばんSHOW』

阿曽山大噴火のさいばんSHOW [DVD]阿曽山大噴火のさいばんSHOW [DVD]
(2010/10/27)
阿曽山大噴火

商品詳細を見る

阿曽山大噴火。知っている人は知っているけれど、知らない人はまったく知らない。そんな顔だ。僕も「エンタの神様」でネタを披露している彼の姿を見るまで、どういう風貌なのか、まったく知らなかった(そして、彼の容姿を知ったときは、そのあまりに異様な佇まいに些か困惑した。金髪ロンゲに黒ヒゲって!)。ただ、その名前だけは知っていた。何故なら、彼は本を出版していて、その本がそれなりに売れていたからだ。

本のタイトルは『裁判狂時代』。阿曽山が趣味で行っていた“裁判傍聴”で目撃した、様々な人々の言動について綴ったレポート本である。後に本書は、フリーライター北尾トロが書いた裁判傍聴エッセイ『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』とともに、裁判傍聴ブームの火付け役となる。以後、阿曽山は裁判ウォッチャー芸人として、裁判傍聴での出来事をスケッチブック漫談という形式で披露するようになった。

今作は、そんな阿曽山大噴火の裁判ウォッチャー芸人としてのネタを収録した作品だ。観客もいない状況下、スタジオの真っ白な背景の前で、裁判傍聴ネタを披露する彼の姿が淡々と映し出されている。それ以外には何もない。特典映像もない。唯一、今作がリリースされるきっかけとなっただろう、映画『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』の予告が冒頭に収録されている。至ってシンプルな作りである。「とにかく、ネタだけを見てもらいたい!」という意味なのかもしれない。

その肝心のネタだが、これがなかなか面白かった。はっきり言って、阿曽山の語り口は拙く、ユリオカ超特Qあべこうじなどの、いわゆる漫談家と呼ばれている人たちに比べて圧倒的に話術は足りない。しかし、彼の語る傍聴エピソードの数々は、作られたネタでは感じることの出来ないだろう生々しさで溢れており、いわゆる漫談とは完全に一線を画した妙なおかしみが見られた。そこで語られている人間の不条理な言動は、笑わせようという発想ではきっと生み出すことが出来ない代物だ。

……などと書くと、おそらく多くの人は、その不条理な言動を取る人というのは「被告人」のことだという風に捉えるのではないだろうか。勿論、その様な行為に出る被告人も少なくない。遅刻している弁護人に代わって謝罪する者、刑務所にどうしても入りたいと主張する者、何故だか急に証言台で歌い始める者など、実に様々な被告人が紹介されていた。だが、これは被告人に限った話ではない。阿曽山は、本来ならば冷静でなくてはならない弁護士や検察官、果ては裁判官による不条理な言動をも、ネタとして昇華しているのである。

例えば、ある窃盗容疑の男性がいる。この男は電車の中で居眠りをしていた男性からバックを奪い、後に駅員に捕まり、警察へと引き渡された。男は無職で、この一年間は仕事をしていなかった。どうして仕事をしていなかったのかというと、男は一年前に百万円馬券を的中していて、それを元に生活していたのである。ところが調べてみると、男は無職にも関わらず、まとまった金がしばしば銀行に預けられていた。その理由を尋ねてみると、「競馬で当てていた」のだという。それを受けて、裁判官が一言。「穴狙い?」。……聞くなよ。

阿曽山が切り取る裁判の風景は、一つのエンターテイメントとして非常に面白い。だが、それはあくまでも客観的に見ているからであって、これがもしも裁かれている当人だったとしたら、なにやら落ち着かない。弁護士も検察官も裁判官も人間である以上、不条理な言動を取ってしまうのは仕方がないといえば仕方がないのだが、出来れば今作に登場している人たちには裁かれたくないものである。


・本編(110分)

「100万馬券を当てた被告人」「前科5犯、毎回自転車泥棒で捕まる被告人」「“汁椀”4個を使えなくした被告人」「“牛肉3切れ”を盗んだ被告人」「69代自転車所持の被告人」「弁護士が大遅刻で謝る被告人」「留置場で起訴状が増えた被告人」「失踪宣告を受けた被告人」「全国各地の建築現場に侵入した被告人」「愛人に会いに行く途中捕まった被告人」「どうしても刑務所に入りたい被告人」「証言台で歌い出した被告人」「自分にもの凄く厳しい被告人」「電車の入場券に詳しい被告人」「将棋の腕前3段の被告人」