菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『鳥居みゆき狂宴封鎖的世界「再生」』

狂宴封鎖的世界「再生」 [DVD]狂宴封鎖的世界「再生」 [DVD]
(2010/11/24)
鳥居みゆき

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“結婚式”という儀式は、結婚する二人を祝うために行われるものである。しかし、実のところを言うと、そこで祝われているのは主に花嫁だけであって、花婿は添付に過ぎないことが多い。言うなれば、カレーライスと福神漬けやらっきょうの関係に近い。それらは、あくまでも花嫁を引き立てるための存在であって、花嫁と同等の立場を得られない。厳密に言うと、得る必要すら感じていないのだろう。男性は女性ほどに、こういった儀式に対して関心を持たないものだ。二人が初めて出会った日、二人が初めてデートした日、二人が初めて結ばれた日、それらを覚えているのは大抵女性の方で男性は忘れていることが多い。そんなものだ。

逆に言えば、そういった儀式に対する女性の執着心は、男性に比べて圧倒的に強い。一生の思い出に残る一日にするために、綿密に進行のタイムスケジュールを計算し、誰もが笑顔になって帰ることの出来るような式にしようとする……のかどうかは、結婚したことがないために分からないのだが、まあその程度に気合を入れて臨んでいることだろう。

ここに、ある女性がいる。彼女はその日、とある男性と結婚することになっていた。しかし式の当日、彼女は式場にいなかった。ウェディングドレス姿を寝たきりの祖父に見せるために、両親とともに病院を訪れていたのである。無論、そこで奇跡は起こらない。どれほど声をかけてみせても、祖父が目を覚ますことは無い。病院を出て、式場へと戻ることに。すると、道路の反対側で、手を振る子どもの姿が見える。今回の結婚式に出席している、親戚の子どもだ。こちらに来ようと、道路を渡り始める。左右を確認していない。そこへトラックが突っ込んでくる。運転手はケータイをイジっている。前を見ていない。トラックはどんどん子どもに迫ってくる。やがて子どもはトラックに気付くが、身体がすくんで身動きが取れない。咄嗟に、花嫁の身体が動く。気付けば道路に飛び出して、子どもをかばうように……。

彼女は奇跡的に生きてはいたが、しかしそれも時間の問題だった。彼女の下半身はトラックに押し潰されており、下手に動かせば内臓が流れ落ちてしまうという状況にあったのである。そんな危機的状況にも関わらず、彼女は式を行いたいと懇願する。「私には時間が無いの!とっとと私を祝いなさいよ!」と叫ぶ。そうして、彼女にとって最高の一日が、最悪の状況で幕を開ける……。

テレビにおいて、鳥居みゆきは一介のカルト芸人に過ぎなかった。真っ白なパジャマを身に纏い、マラカスを振り回し、テディベアをぞんざいに扱う。本来は俗悪なものである筈のテレビが清廉潔白を気取るようになった昨今、彼女の存在は貴重だった。彼女がモチーフとしている存在はテレビで“自主規制”の名の元に映すことは出来なかったが、彼女はキャラクターとして公然に映し出すことが出来たからだ。無論、彼女自身の実力によるところも大きかった。単純に狂人を演じている様に見せながらも、きちんと笑いを取りに行く彼女のスタンスは、テレビにとって非常に都合が良かったのである。それ故に、鳥居みゆきを単なるカルト芸人として認識している人も、決して少なくない。しかし、彼女がテレビで演じている狂人の姿は、その一面に過ぎない。彼女の根底には、もっと濃度の高い陰鬱な世界観が広がっている。その事実を、『鳥居みゆき狂宴封鎖的世界「再生」』はまざまざと見せつけてくれる。

悲劇の花嫁を迎えた結婚式は、淡々と進行し始める。だが、既に式の中心である花嫁が凄惨な状態にある時点で、平常の式を行うことが出来ないことは容易に想像できる。事実、式は歪な形で取り行われていく。祝いの言葉を述べる神父は、花嫁を悪魔と捉えて退治しようとする。指輪交換をしようとするも、トラックに突き刺さっている花嫁に手が届かず、指輪は何処かへ転がってしまう。乾杯の挨拶は何故かトラックの運転手が務め、お祝いのVTRは薄暗く殺風景な部屋の中で撮影されていて、何処となく不安を匂わせる。何もかもが、予定通りに進まない。

そんな状況を更に加速させるかの如く、式の合間では鳥居みゆきの一人コントが行われる。彼女は、時に万引きして捕まった少女を演じ、時に死刑を待つトラックの運転手を演じ、時にゴミ屋敷で生活する中年女性を演じる。それら全ての人物は、この結婚式に何かしらかのカタチで繋がっていく。あらゆる人間関係が交錯するうちに、やがて式は終焉を迎える。と、同時に、鳥居みゆき最後のコントが幕を開ける。その時、全ての真実が明らかとなるのだ。

前作では、自身の「告別式」を執り行った鳥居みゆき。その時は、ただ単に奇を衒った演出を取っているだけだと、その様に捉えていた。混沌としたエンディングも、特にオチが無いからやったことだろう、と。しかし、今作は違う。「結婚式」というシチュエーションは、他に置き換えられるものではない。女性の願望が渦巻く「結婚式」という舞台でなくては、間違いなく成立しない。やたらとブラックな内容に引いてしまう人もいるだろうが、一見の価値はある。一介のカルト芸人を装った天才、鳥居みゆきの本気を見逃してはならない。


・本編(119分)

「いじめ(笑い)」「自然死刑」「余興」「再生」「死に損ないの夢」「せっかちさんが行く!」「箱入り娘」

・特典映像(19分)

「ポポタンの作り方」「京劇の先生」