菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『柳家小さん・花緑 超時空二人会~たぬきと孫の物語~』

NHK-DVD「超時空二人会」NHK-DVD「超時空二人会」
(2011/01/28)
柳家花緑、五代目・柳家小さん

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学生だった頃、僕は映画研究サークルに所属していた。“映画研究”というとなにやら大袈裟だが、要するに映画を観たり撮影したりするサークルである。僕はもっぱら映画を鑑賞するタイプだったが、他の同期生たちは映画を撮影することに夢中になっていた。備品の撮影用カメラは常に誰かが使っていたし、部室のパソコンは定期的に誰かが映像の編集に使っていた。大学祭が近付いてくると、そこはまさに修羅場と化す。撮影班と編集班でゴッタ返しになる部室のベランダで、僕を含めたはぐれ者連中は自宅から持ち込んだギターを弾き語っていたものだ。今思えば、すっごく迷惑。

そんな僕が当時、唯一映画研究サークルの様なこととしてやっていたのが、パソコンに保存されている映像を使ってプロモーションビデオの様なものを作ることだった。既存の素材を使うから撮影する手間はかからないし、外に公開するようなものでもなかったので、音源の数だけ映像を編集しまくった。ただ単に、内輪で盛り上がるための映像である。でも、それがたまらなく楽しかった。もしかしたら、意味のある素材を無意味にする(=破壊する)行為に、ちょっとした優越感を感じていたのかもしれない。

こういった動画が“MADムービー”と呼ばれるものだということは、大学を卒業してから知った。動画サイトを覗いていたら、僕と同じ様に既存の音源や映像を使って遊んでいる人たちを見つけて、知ったのである。ちなみにMADとは、狂っている、バカげているという意味らしい。素材を狂わせて、バカげた映像に組み直すということだろうか。

2004年10月2日、NHK BSハイビジョンである番組が放送された。出演者は二人。一人は、「にほんごであそぼ」などの番組に出演していた落語家、柳家花緑。そして、もう一人は、初の人間国宝に認められた落語家で、2002年に亡くなった五代目柳家小さん。番組のタイトルは『超時空二人会』。そこでは、花緑と小さんによる、生と死の狭間を飛び越えた二人会が行われていた。今作は、その番組をDVD化したものである。

先にも書いた様に、この番組が放送された時点で五代目小さんは鬼籍に入っている。それでは、如何にして同番組で五代目小さんと花緑は共演したのか。答えはシンプル。現存している五代目小さんの映像を繋ぎ合せて、まるで現代に蘇ったかのようにして見せたのである。そして作られたのは、五代目小さんと花緑の映像が切り替わってそれぞれ登場人物を演じてみせる『粗忽長屋』、高座の花緑と大きなモニターに映し出された五代目小さんがそれぞれ登場人物を演じ分ける『二人旅』、年齢が違う五代目小さんの六パターンの映像を繋ぎ合せた『笠碁』など、奇妙で可笑しい落語の映像たちだ。完成された落語を素材に用いて新しい映像を作り上げる。これはまさに“MADムービー”の精神だ。

ただ、それらの映像が面白いかというと、そうでもない。既存の落語映像や音声を繋ぎ合せるという行為はまさしくMADムービーのそれだが、その結果、生み出されているのは元の作品を再構成しただけの映像に他ならない。その内容は決して逸脱しない。破壊的な何かがあるわけでもない。それならば、ただ単純に生前の五代目小さんの高座映像を、ひたすら流し続けるだけでも良かったのではないか、という感想さえ浮かんでくる程の普通さが漂っているだけだ。或いは、五代目小さんの周辺の人たちにインタビューして、彼の人間性を浮き彫りにするとか……そういったドキュメンタリーにしたほうが、まだ幾らか面白かったような気もする。

まあ、もしかしたら、五代目小さんの極度のファンであれば、楽しめたのかもしれないが……特典映像に収録されていた柳家花緑による『竹の水仙(2010年8月撮影)が無ければ、些か物足りない作品として終わっていたことだろう。とはいえ、その挑戦的な姿勢は買いたい。次は立川談志の落語でMADを作るというのはどうだろう……ああ、もうあるのか


・本編(89分)

・特典映像(59分)

柳家花緑『竹の水仙』(柳家花緑独演会から)