菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『春風亭昇太 十八番シリーズ -動-』

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(2011/03/09)
春風亭昇太

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春風亭昇太その、妙に爽やかで、それでいて軽やかな名前の落語家がいるということは、僕は随分以前から知っていた。随分……などという書き方をすると、なにやら青田刈りというか、古いファンを自称しているように聞こえてしまうのではないかと思うのだが、別にそういう意味ではない。ここでいう“以前”というのは、今の様に、CDショップに入った途端に落語のCDコーナーを覗きに行くような落語バカになる前の僕、つまり、CDショップの隅っこに置かれている落語のCDを見るたびに「誰が買うんだこんなもん」とか思っていた僕の頃を指している。あの頃の僕でも、春風亭昇太の名前は知っていた。

どうして知っていたのかというと、当時の僕が買っていた高田文夫の本に、昇太師の名前が載っていたのである。その頃、僕はネット上で演芸評論と称したコラムを書き連ねていて(今でも書き連ねている)、恐れ多くも「次世代の高田文夫ではなかろうか」と言われていた。そこで初めて、高田文夫という人物のことを知り、その著書を拝読して、そして、春風亭昇太という名前を知ったのである。つまり、もしもこの当時、僕のことを「次世代の高田文夫」と言ってくれたこの人がいなければ、僕は高田氏のことはもちろん、昇太師のことを知ることもなかったということだ。今思えば、実に有難い話である。

さて。春風亭昇太の名前を知ったからといって、すぐさま彼の落語を聴こうという了見を、当時の僕は持っていなかった。なにせ、落語のCDを「誰が買うんだこんなもん」であるのだから、仕方がない。とはいえ、落語のDVDは持っていた。別に落語が嫌いだったのではなく、CDで聴くという楽しみ方が理解できていなかっただけなので、DVDは別に問題がなかったのである。だから、もしも当時の時点で、昇太師の高座を収めたDVDがリリースされていたとしたら、僕は直ちに購入していただろう。むしろ、どうして当時、昇太師の落語を収めたDVDがリリースされていなかったのが、今でも不思議に思う。

その、昇太師の高座を収めたDVDが、つい先日にようやくリリースされた。落語家生活28年目、御年51歳にして、初めての単独DVDである。2010年10月に下北沢本多劇場で行われたライブの様子を収めたもので、収録されているのは時そば』『花粉寿司』『茶の湯の三本。『時そば』と『茶の湯』は古典落語で、『花粉寿司』は昇太師による創作だ。特典映像には、昇太師が大好きな中世城郭を巡る「昇太の城めぐり」を収録。51歳のおじさんがキャッキャとわめきながら歩き回る姿は、色んな意味でオカシイ。

金のない二人の男が十五文で十六文の二八蕎麦を戴こうとする一件に端を発する『時そば』、知らないことを知っていると言った手前、引き下がれなくなってしまった御隠居が自己流の茶の湯を展開する『茶の湯』、それぞれ実に面白かったが、やっぱり見どころは『花粉寿司』だろう。花粉症の寿司屋の大将が、きちんと接客出来ずにほとほと困り果てるだけの話。ドラマも展開もない、ギャグ漫画みたいな落語だ。この『花粉寿司』、実は既にCD化されているのだが(『春風亭昇太2 26周年記念落語会-オレまつり』)、動きによるギャグが多いために、音では完全に理解できないネタだったのである。それがこうして映像化されたのだから、実に喜ばしい。くしゃみの勢いでビールの栓をいっぱい抜いてしまう昇太師、こうした方が花粉症が楽になるからと高座で寝転ぶ昇太師、高座の上で生着替えを始める(!)昇太師、色んな昇太師が映像で堪能できる素敵な一品だ。

そして、また嬉しいのが、タイトルに“十八番シリーズ”と書いてある点。シリーズということは、今後も続けていこうという意志があるわけで、つまり次があるかもしれないということだ。「かもしれない」じゃなくて「に違いない」と言えないのが、ちょっと恐いけど。でも、次があるかもしれないってだけで、嬉しい。元々、昇太師の落語は動きが多いので、音源よりも動画の方が向いていると言われてきた(だからこそ、DVD化にこれだけ時間がかかったことに違和感を覚えているわけである)。今後、昇太師の映像が、こうしてカタチに残されていくのかと思うと、ホントに嬉しい。……嬉しいって何回も書き過ぎてしまうくらい、嬉しいのヨ。

次は『悲しみにてやんでえ』が収録されると、なお嬉しい。初期の代表作として名高い話なのに、どういうわけだかソフト化されていないんだよなあ……。


・本編(総収録時間:141分)

時そば』『花粉寿司(マルチアングル収録)』『茶の湯

特典映像「昇太の城めぐり」