菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

オリエンタルラジオ漫才ツアー『VS』

VS [DVD]VS [DVD]
(2011/07/06)
オリエンタルラジオ

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中田敦彦と藤森慎吾によって結成されたお笑いコンビ、オリエンタルラジオ。彼らがオリジナルネタ「武勇伝」をきっかけに注目を集めるようになったことは、多くの人が知っている事実である。だが、この「武勇伝」が、M-1グランプリ敗者復活戦の舞台で披露されたことは、あまり知られていない。

当時、オリエンタルラジオはまだプロの芸人ではなく、一介のNSCの受講生に過ぎなかった。そんなまったく無名のコンビが、漫才ではなくオリジナルのネタでM-1グランプリ敗者復活戦の舞台に立つ。それがどれほどに凄いことなのか、ここで説明する必要もないだろう。オリエンタルラジオというコンビは、そこから始まったのだ。だからなのか、彼らは漫才に対して並々ならない思いを抱いている印象がある。

2008年8月20日。オリエンタルラジオにとって初めての漫才ライブDVD『才』がリリースされた。そこに収録されているのは、およそ80分間をノンストップの喋りだけで展開していく若き漫才師二人の姿だ。それも、ただの漫才ではない。オーソドックスなシチュエーションに頼らず、ひたすらオリジナリティに満ちたネタだけで構成された漫才である。若さ故の挑戦か、はたまた愚行か。そこには「武勇伝」ではなく、真正面から漫才と向き合おうとするお笑いコンビの生きざまが映し出されていた。

それからおよそ二年後の、2010年6月23日。オリエンタルラジオは二枚目の漫才ライブDVD『我』をリリースする。ここでも彼らは発想を武器にしたノンストップ漫才ライブを敢行しているが、その時間は『才』のおよそ半分と実に短くなっている。二年という月日が彼らを大人にしたということなのだろう。だが、その情熱は特典映像に反映されている。そこに収録されているのは、M-1グランプリ2005王者であるブラックマヨネーズとの、ガチ漫才対談だ。ただただ模索するのではなく、より明確に目標を定めて漫才師として向上する。以前の様ながむしゃらさは失われたかもしれないが、彼らの漫才に対する思いは相変わらず熱気に満ちていた。

そして2011年7月6日。本作『VS』がリリースされた。

『VS』はこれまでのオリエンタルラジオによる漫才ライブDVDとは、明らかに趣向の違った作品だ。まず、ノンストップ漫才ライブではない。幾つかの漫才と幕間映像で構成された、ごく当たり前な漫才ライブの様相を呈している。次に、すぐさま漫才ライブが始まらない。オープニングアクトとして、『VS』というライブタイトルにあやかり宮本武蔵佐々木小次郎に扮した二人が、ちょっとしたコントを披露している。こういう遊びを取り入れたのは、今回が初めての筈だ。更に、ネタの内容までも、大きく変わっている。

先にも書いた様に、オリエンタルラジオの漫才は自らの発想を武器にしたオリジナリティに溢れるものだった。それ故に、彼らの漫才は他の誰にも似ていない世界観を見出していた。だが、それは一方で、彼らの漫才を閉鎖的にしていた。漫才は他のどの演芸よりも、観客の笑いを重視している。笑いが無い漫才は、イコール存在価値が無いと言ってしまっていい。どんなに才能があったとしても、それで観客を笑わせることが出来なければ、漫才師としては何の意味も無いのである。以前の彼らには、そういうところがあった。自らのスタイルを模索するあまりに、観客を置いてけぼりにしてしまっていることも少なくなかった。

ところが、彼らが本作で披露している漫才はというと、中田が格好ばかりを意識している藤森の発言を次々に先読みしたり、頭が良いイメージのある中田が藤森に“クイズの答えを聞かれたときの賢く見られる対応”を教えたり、オーソドックスな漫才コントを始めようとするも中田の使う難しい言葉に藤森が引っ掛かって集中できなかったり……などなど。イチからの発想で笑わせるのではなく、二人の等身大のキャラクターを反映した分かりやすい漫才になっている。幕間映像も、二人が様々な企画で対戦する【中田 VS 藤森 ガチンコ五番勝負】という、ファンに嬉しい内容だ。

どうして彼らは、ここまで変わったのか。本作の副音声には、今回のライブに至るまでの背景が当人たちによって語られている。そこで繰り広げられているトークからは、彼ら(もとい漫才の台本を書いているだろう中田)の心境の変化が垣間見られる。その詳細については実際に観て確認してもらうとして、興味深いのは彼らが今回のライブに満足していないということだ。その言葉からは、ライブが行われた当時に対する冷静な悔しさと、次のライブに対する熱い思いが伝わってくる。

あの、M-1グランプリ敗者復活戦の日から、間も無く七年が経とうとしている。お笑いコンビは結成十年を節目に、大きく変革する……と、誰かが口にしていたことを思い出す。オリエンタルラジオが結成十年目を迎えるまで、あと三年。果たして、それまでの間に、彼らが漫才師として完成されるのだろうか。オリエンタルラジオの漫才ライブDVDは、まるで一つのドキュメンタリー映画の様に彼らの変化を記録し続ける。


・本編(97分)

・特典:オリエンタルラジオによるオーディオコメンタリー