菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

笑い飯『ご飯 漫才コンプリート』『パン 笑いの新境地』

M-1グランプリ」が2010年で終わってしまったことを、貴方はどう思う? 僕は正直言って、こんなタイミングで終わってしまったということに、なんだか馬鹿馬鹿しささえ覚えてしまっているんだけれども。だってそうじゃないか、第一回大会が開催された2001年から丁度10年という、節目というには相応しい時期に終わってしまうだなんて、なんだか結婚記念日に離婚届を突き出されたような感じがするよ。一応、後続みたいな形で「THE MANZAI」という大会が開催されるけれど、まだまだ何も分かっていない現段階では何を口にするのも無責任だけれど、きっとM-1グランプリ程の緊張感、高揚感を得られることはないんじゃないかと、そういう風に僕は思ってしまうわけで。なんだかんだでM-1グランプリという大会の持っている特別さは、何にも代えがたいといわざるを得ないのだろう。

それにしても、M-1グランプリが終わるという年に笑い飯が優勝してしまったというのは、これまたなんだか間抜けに見えてしょうがない。そりゃまあ、彼らは2002年から大会の決勝に進出し続けていて、多くの人たちが「いつか彼らは優勝するだろう」と口にしていて、なんだかんだといいながらも僕だってそんな風に思ってはいたけれども、だからってM-1の最終回で優勝するなんて、なんだかタイミングの悪さを感じずにはいられないんだ。なんてことをいうと、じゃあ「お前はあの時の笑い飯の漫才に不満があるのか」、「面白いとは思わなかったのか」、などという意見を頂戴することになりそうだっけれど、それはそういう問題じゃなくて、僕がただいいたいのはタイミングの話なのだ。確かに、彼らはこれまでにも何度か優勝に手が届きそうになったことが何度もあって、その度に僕も「なんで優勝させてあげないんだよ!」とは思ったんだけれど、だからって最後の年、いわば最終回ともいえる年に優勝するだなんて、なんだか「優勝させてあげた」、或いは「優勝させることで最終回であることを世間に満足させる」というような意識があったんじゃないかという気持ちが、無きにしも非ずな次第であるわけで。

……なんていう不満を今更漏らしたところでしょうがない。そもそも、不満というほどの不満でもなく、特にいいたかったことでもなく、ただ彼らについて書くに当たってひとまず触れておくべきだろうという、要するに単なる前文でしかないので、あまり気にしないでもらいたい。本題はここからだ。M-1グランプリ2010で笑い飯が優勝したからなのかは分からないが、翌2011年に彼らは二枚のDVDをリリースすることとなった。タイトルは『ご飯 漫才コンプリート』『パン 笑いの新境地』。それぞれ、まったく違った特色の見える作品だが、その根底には笑い飯ならではの特殊な世界観が垣間見られる。優勝して、これがリリースされて、良かったなあ……なんて手のひらを返してみたり。

 

■『ご飯 漫才コンプリート』(本編108分+特典30分)

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正直な話をすると、在関西ではない僕にとって、笑い飯の漫才を見る機会は殆ど年に一度放送されるM-1グランプリ決勝のステージでしか得られなかった。だからなのだろう、僕は笑い飯の漫才を、普通の漫才を観るときとは違った目線で観てしまっていた感がある。つまり、M-1以外のステージにおける笑い飯のことも、M-1の感覚で観ていた。彼らに対し、常にエンジンの猛烈な爆発を感じさせるような漫才を期待してしまっていた。のである。その世界観などは二の次で、とにかく彼らの特徴であるWボケWツッコミが生み出すスピードの快感に、ただただ酔い痴れたかった。勿論、彼らの漫才を観るにあたって、テンポやスピードを意識することは、決して間違いではない。だが、そこだけを観て、笑い飯の漫才をどうだこうだと批判するのは、大きな間違いだ。

『ご飯 漫才コンプリート』には、なんばグランド花月で行われた「吉本漫才大計画」のステージにおいて、笑い飯が2003年から2005年の間に披露した漫才が収録されている。M-1とは違い、持ち時間をたっぷり与えられているステージとあって、そこで演じられている漫才は実にゆっくりとしたものだ。鑑賞当初はそのテンポの遅さに少なからず驚いたが、途中からそんなことはどうでも良くなってしまった。スピードばかりを意識して観ていたM-1での漫才では感じられなかった、彼らの濃密な世界観の虜になってしまったからだ。とにかく、やたらめったらに面白い。最初はシンプルで下らないだけのボケが、漫才の進行とともにどんどん加重していく肯定が実にたまらない。加速ではない。加重だ。「塵も積もれば山となる」という言葉の通り、笑い飯の漫才は下らないボケが山積りになって、大きな笑いへと繋がっていく。

例えば、『パンツぶかぶか』というネタがある。哲夫の家にあるぶかぶかになったパンツを履けるようにするにはどうすればいいか、二人で考える。哲夫が出した答えは「吊りバン(サスペンダー)を使う」。西田が出した答えは「横をハサミで切ってくくる(結ぶ)」。続いて、ゴムが伸びた靴下を履くにはどうすればいいか。哲夫「吊りバン(サスペンダー)を使う」。西田「足の上にブロックを落とせば足がパンパンになって丁度ええ」。次にぶかぶかになったズボン。ここで再び下らないボケの応酬になると思わせておいて、西田が「なんでお前の全部フィットしてないねん!」……どうも概要だけを書こうとすると、面白さが伝わらない気がする。本当の面白さは、やはり実際に観てもらわないと伝わらないのかもしれない。

M-1グランプリでの笑い飯だけを観て全てを評価してしまっている人も少なくないと思うが、本作を鑑賞すれば印象は少なからず変わることだろう。彼らがM-1グランプリのステージで見せている漫才はあくまでも一面でしかないということが、この作品を見ればよく分かる。笑い飯の加重する漫才、御堪能いただきたい。

個人的には『伊賀忍者村』のネタが好きだ。「中から出て行ったのが、床忍者!」

■『パン 笑いの新境地』(本編75分+特典29分)

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漫才で小道具を使うことは御法度とされている……わけではない。例えば、漫才の黎明期に活躍した中田ダイマル・ラケットは、漫才中にスーツを脱いでボクサーパンツとグローブを身に着けて、ボクシング漫才というのを披露していたという記録も残っている。漫才は僕らが思っているよりも自由で、奔放なのだ。それでも、漫才中に何か小道具を用いることは、なんとなく許されない行為だというイメージはある。M-1グランプリ決勝のステージでNON STYLEが漫才中にリップクリームを取り出すくだりが物議を醸したのが、なによりの証拠だ。漫才はあくまでも人間の肉体のみで繰り広げられるべき、まさに格闘技の様な演芸であるべき……という認識が一般的であると考えていいだろう。

よって、漫才で何か事物を取り扱おうとすると、それらはすべて演者のマイムだけで表現されなくてはならない。全ては、それがあるという設定で展開され、見えないところは観客の想像力でどうにか補ってもらう。時には、そんな漫才の特徴を利用して、想像の世界であるからこそ表現できる笑いを生み出すこともある。以前、ソファを動かそうとしている二人が異常に距離を離して「ソファめっちゃ長ーい!」というボケをしていた漫才師を観たことがある。あれは誰だったかな……。とはいえ、漫才師が作りたい笑い、見せたい笑いの全てを漫才で表現しようというのは、無理な話である。漫才師の表現力にも、観客の想像力にも限界はある。

『パン 笑いの新境地』は、笑い飯が漫才では表現しきれなかった世界を映像化した作品集だ。お笑い芸人の世界観を映像化した作品というと、過去にオリエンタルラジオ『十』、キュートンキュートン風呂』などがあるが、それらの多くが映像による演出で笑いの世界を拡張しているのに対し、本作は、笑いを生み出すのに必要最低限なシチュエーションだけを映像の演出に頼っており、やっていることは基本的にいつもの笑い飯である。例えば、ファンタジスタさくらだあやまんJAPAN)のお腹に宿った笑い飯がぶつくさ愚痴をこぼす『懐妊』、ツチノコを探し続けていた二人が「実はツチノコなんていない、タチノコが本当だ!」ということに気付いてタチノコ探しに出かける『真実のツチノコ』、匂いフェチの二人が動物園に繰り出して臭い動物の匂いを嗅ぎに行く『smell of ZOO』などは、漫才では表現できないものの、根底に笑い飯のナンセンスな発想が垣間見えてくる映像ばかりだ。笑い飯が漫才の中で見せているヘンテコな世界がたまらなく好きだという人ならば、きっと堪能できる作品だろう。

しかし個人的には、特典映像に収録されている『出張漫才 in初台リハビリテーション病院』が地味に良かった。以前に哲夫が個人名義でリリースした『見たら必ず行きたくなる 笑い飯哲夫のお寺案内DVD~修学旅行でなかなか行けない奈良のお寺編~』と彼らの公式ガイドブック『笑い飯全一冊』の両方を購入した人向けの抽選企画として、当選者の元に二人が漫才を演りに行く“出張漫才”の模様を収録しているのだが、ここで、あまり映像化されることのない漫才師の営業っぽいトークが展開されている。「ああ、漫才師の人って、こういう風に場の空気を掴むんだなあ……」と感心すること、受け合いだ。しかも披露されているのは、あの伝説のネタ。プレミア度の高い一幕である。

両作品の詳細はこちら。