菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『佐久間一行単独ライブDVD~15周年全国ツアー くるっと平和解決~』

佐久間一行単独ライブDVD~15周年全国ツアー くるっと平和解決~佐久間一行単独ライブDVD~15周年全国ツアー くるっと平和解決~
(2011/11/16)
佐久間一行

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十月半ば、サーカスを観に行ってきた。

自宅から車で四十分ほどの所にある有名スーパーマーケットの裏手に空き地があるのだが、彼らはそこにテントを立てて、一時的な生活スペースを開拓していた。彼らにとって、それはごく当たり前な日常風景なのだろうが、僕にとってのそれは、非日常そのものにしか見えなかった。なにせ、普段は何もない空間に、鮮やかな極彩色で塗りたくられた巨大なテントが建っているのである。まるで、異空間から投げ出された、特殊なモニュメントの様に。

そんな非日常的なテントの中で行われていることも、また非日常的だ。向こう側が透けて見えるほどに薄い布きれ一枚に身を預けて、高所からくるくると回転しながら、ゆっくりと落下する美女。調教師の命令を忠実に守って、その指示通りに舞台を駆け回るゾウやシマウマの群れ。球体の形をした鉄格子の中を、猛スピードで縦横無尽に走り回るオートバイ。その舞台で作り出されている幻想的な空間が、客席という名の現実に介入することはない。それらはあくまでも、非日常的な空間として観客のことを魅了するだけだ。それこそが彼らの目的であり、また、僕らの目的でもある。両者の間には、確固たる見えない壁が存在しているのだ。

ところが、そんな壁を無視して、幻想の世界から現実の世界へと飛び込んでくる存在がいる。ピエロ(道化師)だ。笑顔をモチーフとした化粧とずんぐりむっくりとした服で身を包みこんだピエロは、客席に堂々と侵入し、いわゆるところの冗談をする。例えば、お互いのジャグリングの実力を張り合ったり、観客の一人にボールを持たせて的当てをさせたり……など、実に下らない。それなのに彼らのパフォーマンスは、先に書いたような幻想的な舞台と同じくらいに充実感を得ることが出来る。何故か。

その理由は、緊張と緩和にある。幻想的な舞台は、その美しさと緊張感でもって観客の視線をくぎづけにするが、それは同時に観客の体力を消耗することにもなる。もし、開演の間、延々とその美しさと迫力だけが披露されていたとしたら、終演時の観客はすっかり疲れ果てて、感想を語り合う余裕もないだろう。そこで、ピエロの登場だ。成功や失敗という範疇から超越した存在である彼らのパフォーマンスは、観客をそれまでの緊張から一時的に解放し、安心へと誘う。ここに生じる緩和が、先の緊張感溢れるパフォーマンスとのギャップ(いわゆるメリハリ)を生み出し、全体のバランスを整える。ピエロはその軽いイメージとは裏腹に、サーカスのパフォーマンスにおいて重大な役割を担っているのだ。

ところで、つい先程“ピエロは成功や失敗から超越した存在”と書いたが、これは厳密にいうと間違いである。多少のアドリブはあるのかもしれないが、彼らもまた、サーカスのパフォーマーとして忠実に仕事をしている。つまり、迂闊にも失敗したということもないし、偶然に成功するということもない。全ては計算されており、また練習の賜物である。ただ、彼らはそれを決して観客に匂わせない。ピエロの存在が作り物であると観客に悟られた瞬間、それは12時を過ぎたシンデレラの様に幻想の魔法を失ってしまうからだ。ピエロは徹底的にピエロでなくてはならない。そういう意味では、他のどんなに緊張感の漂うパフォーマンスよりも困難を極める。

……ということを、佐久間一行のコントを観ながら、ふと考えていた。

 

Tシャツに半ズボンがトレードマークのピン芸人佐久間一行。そのコントは常にポップで子どもの夢の様な自由さに満ちているが、一方で完成されていない詰めの甘さも否めない。コントと称しているにも関わらず、たまに当人が客席に向かって状況を説明し、それでも客の反応が鈍い時などは「伝われ~!」「付いてこーい!」という持ちギャグ(?)で“状況が伝わっていない”という問題の焦点をボヤかしてしまう。とどのつまりが、洗練されていないのである。近年、シチュエーションからキャラクター設定までみっちりと定められた一人コントが増えている中、こういった佐久間のコントはまさしく異色といえるだろう。

しかし、それらの一見するとマイナスにしか見えない要素は、全て佐久間のコントにおいて欠かしてはならないものとなっている。コントを一時停止してまで挟み込まれる説明も、伝わらないが故に放たれるギャグの数々も、必要不可欠な重大要素なのである。無論、肝心のコントとしての根幹部分がしっかりとしているからこそ、出来る芸当だ。もしも、これと同じことを、大して腕のないピン芸人がやったとしたら、とても目も当てられない悲惨な状態になっていることだろう。……僕が佐久間一行のコントを観ながら漠然とサーカスのピエロのことを思い出していた理由は、ここにあるのかもしれない。どちらも、パフォーマンスの中にさりげなく隙を見せることで、観客が楽しめる余裕を与えている、という共通点があるからだ。

本作は、そんな佐久間一行の“R-1ぐらんぷり2011”優勝を記念して行われた全国ツアーの様子を収録した、彼にとって初の単独DVDである。東京公演で披露されたコントの他、地方公演でのみ披露されたイチオシコントや、佐久間が地方で披露した『井戸』についてのトークなど、盛り沢山の内容となっている。「爆笑オンエアバトル」視聴者だった人間としては、『忍者屋敷』を収録しているのが実に嬉しい(音質が怪しいが)。ただ、肝心の『井戸』については、ライブ仕様のバージョンが収録されているので、先にR-1のDVDなどをチェックしておいた方がいいだろう。R-1グランプリ2011の放送で初めて佐久間のコントを観た、という人ならば楽しめると思う。個人的には、中継先からレポーターの色々な佐久間一行が登場する『ローカルニュース』が印象に残っている。地元の山道を歩く佐久間のしっくり感が異常だ。

……それにしても、佐久間一行というピン芸人はなかなかに不可解である。作られているコントの完成度の高さに加えて、観客がどのタイミングでその詰めの甘さに引っ掛かるかを先読みする反応への理解力があるのに、どうしてあんなに自然体でほんわかとした雰囲気を維持できるのだろうか。勿論、彼もNSCの卒業生なので、笑いを生み出す方程式は理解しているのだろうが……読めない。実に読めない。そういうところも、実にピエロに似ている……。


・本編(100分)

【東京公演】『ハンター』『芸術は自由だ』『授業参観』『民族 ~ヤリVer.~』『ローカルニュース』『BAR:バー』『山登り』『ファミレスダイジェスト~合唱バージョン~』『井戸~バンドバージョン~』

【地方公演イチオシコント】『無人島(埼玉)』『刀職人(大阪)』『忍者屋敷(名古屋)』『テスト返し(広島)』『脱獄(福岡)』『中学校の休み時間(北海道)』『元気のうた(新潟)』『怪盗さくま三世(茨城)』

・特典映像(51分)

東京公演オープニング小芝居『笑わせ鳥の卵』※さっくんの副音声解説付き

さっくんが語る「井戸」の話

さっくんが語る「全国ツアー」の話