菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『恐怖学園』(鬼ヶ島)

一月某日。午後六時を回ったばかりの夕暮れ時、仕事を終えて家へと帰ってきた僕は、いつものように郵便受けの中を確認していた。パソコンや携帯電話が普及している近年、友人知人から葉書や手紙が送られてくることなど、皆無に等しい。この日も、郵便受けには、一年ほど前に一度だけ訪れた某有名洋服店から送られてきたダイレクトメールしか入っていなかった。それを手にした僕は、郵便受けを背にして、家の中へ入る……つもりだった。しかし、何か妙な予感を覚え、再び郵便受けの元へと戻り、改めて中を確認した。すると、そこには確かに先程まで無かった筈の、黒い封筒が入っていたのである。

これは一体なんだろう。手に取ってみると……軽い。試しに振ってみると、カタカタと音がした。封筒の表面には何も書かれていない。送り主の名前も、宛先もない。普段の僕ならば、そんな不気味なモノなど、とっととゴミ箱にでも放り込んでしまうところだが、その時は何故か、そういった奇妙を受け入れたい気分だった。不覚にも、退屈でつまらない日常のちょっとした刺激になるのではないか、と思ったのである。僕はその黒い封筒を抱えて、そそくさと家の中に入った。家の中は、何故か灯りがついていなかった。漆黒の闇。皆、何処かに出掛けたのだろうか。それにしても、僕に何も言わずに出掛けるというのは妙だ。皆の携帯電話に連絡しようとしたが、繋がらない。電波の届かない圏外にいるのだろうか、それとも……。

僕はひとまず自室に入り、部屋の灯りをつけて、暖房機の電源を入れた。冷え切った室内に、温暖な空気が流れ始める。冷え切った身体が、いくらか人間らしい体温へと戻っていく。かじかんだ両手がすっかり暖まったところで、僕はその黒い封筒を開けることにした。封筒は紙で出来ていたので、簡単に千切ることが出来そうだった。ぐっと力をかけると、いともあっさりと切れ目が出来た。そこに指を入れて、スッと中身を取り出す。僕はそれを確認した瞬間、恐怖のあまりに、温まった身体が凍りついた。そこには、鬼ヶ島の『恐怖学園』が入っていたのである……!

……以上、意味のない前フリでした。

恐怖学園 [DVD]恐怖学園 [DVD]
(2012/01/25)
鬼ヶ島

商品詳細を見る

 

不気味なコントを創作し続けるお笑いトリオ、鬼ヶ島が誕生したのは2004年のことだ。お笑いコンビ“チャップメン”を解散した野田祐介、お笑いコンビ“アメデオ”を解散した大川原篤史(現・おおかわら)、大川原の知り合いで芸人志望の浅沼達朗の三人によって結成された。この三人による活動がしばらく続いたが、2007年に浅沼が結婚を理由に芸能界を引退。彼と入れ替わる形で、お笑いコンビ“CUBE”を解散し、ピン芸人として活動していた和田貴志が加入、今現在のメンバーとなった。

本作『恐怖学園』は、「キングオブコント2011」決勝戦で注目を集めた鬼ヶ島にとって、初めての単独DVDだ。DVD収録用に行われたライブの模様が収められており、『恐怖学園』という名前の通り、学園を舞台にしたコントだけで構成されている。以前から、学園コントが多いユニットだということは風の噂に聞いていたが、まさか、それだけでDVD一枚を完成させられるほどのストックを持っているとは思わなかった。いや、厳密にいうと、本数はさほど重要ではない。それよりも目を見張るのは、そのバリエーションの豊富さだ。学園という同一の舞台を用いておきながら、少なくとも、本作に収録されているコントには、似たような人間関係・似たようなシチュエーションがまったく見られない。それなのに、全てのコントの根底には、確固として“鬼ヶ島の狂気”が存在している。

本編を再生すると、薄暗い部屋で野田がピアノを乱雑に演奏する映像が流れ始める。何も知らずに観ていたら、間違いなく呪いのビデオだと勘違いしてしまうだろう。そんな映像の上に、真っ赤に血塗られた出演者たちの名前とタイトルが流れていく。まるで、これからDVDを観ようという人間に、忠告しているかのようだ。「お笑いDVDだと思っているなら、今すぐその手を離せ!」と。……ちなみに、カギカッコ内の文章は、本作に寄せられているマシンガンズ滝沢のコメントを、そのまま引用している。勿論、再生を止めることなく、鑑賞を継続する。この程度のことでひるむ人間ならば、本作を手にすることはないだろう。

一本目のコントは、「キングオブコント2011」でも披露された、あやつり人形のコント『呪われた人形』である。厳しくマジメで生徒から嫌われている教師が、転校生と称して、等身大のあやつり人形を連れてくる……当時、決勝の舞台で披露した内容と、殆ど同じ内容のコントが展開していく。あやつり人形が喋り出すくだりも、唐突にミュージカルが始まるくだりも、人形がその正体を告白して教師を対決するくだりも、そのままだ。ところがコント終盤、これまでに見たことのない展開が始まる。野田が自分の力で動き出し、教師に解放を申し出るのである。そして訪れる、衝撃の結末……。

『呪われた人形』の後も、なんとなく不気味で薄暗いコントが続く。『悪魔のぬいぐるみ』は、ぬいぐるみ越しにしか会話が出来ない少年たちを描いたコント。「オンバト+」でオンエアされたネタなので、知っている人も多いのではないだろうか。『性』は、おおかわら扮する女子生徒に、野田扮する男子生徒が官能小説を読みあげるという導入で始まる、彼らにしてはオーソドックスなバカコントだ。どちらも、一見するとほのぼのとしているのに、漠然とした薄暗さが感じられる。単なるフィクションではない、生々しさが垣間見られるからだろうか。

ここからライブは、急速に影を落としていく。放課後に男子学生たちがこっくりさん的なことをしていると、思ってもみなかった危機に瀕する『危険な遊戯』。優しくて面白い先生、だがその授業を受けている最中に居眠りをすると、悪夢の世界へと誘われてしまう……『Go to the Hell』。悟りを開いた生徒が、クラスメイトを弟子にして学校で即身仏になろうとする『即身仏』。もはや、そこで繰り広げられているのは、とてもまともとは思えない奇々怪々の怪奇現象そのものである。

ネタの中に狂気を漂わせている芸人といえば、野性爆弾の存在が思い出される。血、肉塊、臓物などが飛び出す川島邦裕の世界観は、鬼ヶ島の狂気に引けを取らないMADぶりを見せつける。但し、野性爆弾のそれは、吉本興業伝来の計算されたお笑いシステムの中に組み込まれたもので、コントとしての形態を決して見失わない。ところが、鬼ヶ島のコントには、そういったシステムが殆ど見受けられない。恐らく、彼らが所属している人力舎に、そういったセオリーが存在しないからだろう。その結果、これらの様な、一見するとムチャクチャに見えるコント世界が誕生する。勿論、彼らは彼らなりに、笑いを生み出す方程式をきちんと見出しているのだろうが。

しかし、この本編以上に不気味だったのが、特典映像として収録されている「お世話になった方々へ感謝の気持ちを伝えよう」。これは文字通り、鬼ヶ島の三人がこれまでお世話になった人たちに感謝の言葉を伝える、トークコーナーだ。ここで三人はコントで見せるような狂気を潜ませ、素の状態でトークに臨んでいる……にも関わらず、ほのかに妙な雰囲気が。思うに、トークを回しているおおかわらの発言に、ゲストがいずれも三人と旧知の仲であることも関係しているのか、ところどころ無邪気な悪意が感じられるからだろう。その時に生まれる空気が、本編のどのコントよりも不気味だった。……それでもいつか、バラエティ番組とかに出られるのかしら……。

ちなみに、個人的に一番好きなコントは『韓流地獄』。ヒトヅマ、キラー!!!


・本編(56分)

「呪われた人形」「悪魔のぬいぐるみ」「性」「危険な遊戯」「恐怖!甘えっ子Time」「韓流地獄」「Go to the Hell」「即身仏

・映像特典(39分)

「お世話になった方々へ感謝の気持ちと伝えよう」

野田祐介 即身仏NGテイク」

「副音声反省会」

・音声特典

鬼ヶ島、キングオブコメディマシンガンズ鈴木拓ドランクドラゴン)による副音声