菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

スギちゃん『ワイルドだろ~』

スギちゃん 「ワイルドだろ~」 [DVD]スギちゃん 「ワイルドだろ~」 [DVD]
(2012/07/25)
スギちゃん

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スギちゃんは、ワイルドである。スギちゃんは自身がワイルドであることを証明するために、ワイルドであるが故のエピソードを話してくれる。そして、そのエピソードを一通り話し終わると「ワイルドだろう~?」と決め台詞を吐いて、観客に共感を求める。その姿は、まるでイエスマンを束ねるワンマン社長の様だ。しかし、スギちゃんが語るワイルドなエピソードは、いずれも的外れであったり、極端であったりして、とてもじゃないが共感を得ることは出来ない。かくしてスギちゃんのワイルドぶりは、笑いへと昇華されていく。

スギちゃんのワイルドネタは、かつて一世を風靡したオリエンタルラジオの『武勇伝』と展開が殆ど同じであることに気付いている人は、果たしてどのくらいいるのだろう。一見すると、両者はまったくの別物に見える。しかし、自らの凄さを「武勇伝/ワイルド」として表現し、その凄さを物語るエピソードを話すも、いずれも「武勇伝/ワイルド」というには些かピントがズレている……というように、その構成を冷静に分解してみると、両者は非常に似ていることが分かる。違う点といえば、『武勇伝』には中田敦彦のエピソードを補填する藤森慎吾なる第三者が存在することぐらいだろうか。藤森という補填役が存在するために、『武勇伝』はスギちゃんのワイルドネタよりも複雑な構造を描くことが出来る。その意味で、『武勇伝』はワイルドネタよりもクオリティにおいて優れているといえるだろう。しかし、スギちゃんのワイルドネタに、高いクオリティは求められていない。むしろ、彼のネタには、必要以上のクオリティはジャマになる危険性がある。程の良いクオリティ。それこそ、スギちゃんがスギちゃんとして人気を博している理由なのだ。

スギちゃんは一見すると、ゼロ年代のお笑いブームにおいてサルベージされていた、数多くのキャラクター芸人たちの後続であるように見える。が、実はそうではない。これまでに登場して来たキャラクター芸人たちの多くは、それぞれが独自の世界観を持っていた。そこには彼らなりの試行錯誤の末に作られた、完成された世界が存在していた。その世界はとても魅力的だった。だからこそ、彼らはメディアに取り上げられた。お笑いブームの流れに拾われた。しかし、世界観が完成されているが故に、彼らは外部からの影響に弱かった。メディアはタレントを消費することに関して、まさしくプロ中のプロである。完成された彼らは、メディアによって見事に解体され、そして最前線から半ば強制的に姿を消されたのである。スギちゃんは、そんな時代の流れを過去にした時代に颯爽と登場した。

数々のキャラクター芸人を目にしてきた視聴者は、彼がワイルドというキャラクターを演じていることを経験として理解している。つまり、視聴者は「スギちゃんがワイルドを演じているということを前提とした上で、スギちゃんがワイルドぶって的外れな言動を取っている姿を観ている」ことになる。しかし、スギちゃんのワイルドキャラは、既存のキャラクター芸人に比べて圧倒的に完成されていない。ワイルドに徹することが出来ず、ところどころで素を見せてしまう。だが、それによって生じる粗が、完成されたお笑いに慣れていた視聴者のスギちゃんに対する視線を和らげて、シンプルな作りのネタを大きな笑いへと繋げていく。即ち、スギちゃんという芸人は、ゼロ年代のお笑いブームという狂乱に満ちた時代を経過したからこそ見出された、ゼロ年代後に相応しいピン芸人なのである。

スギちゃんを“お笑い界の風雲児”と評している本作は、そんな彼の本質をきちんと理解している作品だ。数々のバラエティ番組で披露されている『ワイルド漫談』を始めとして、判断に困るワイルドネタを観客のリアクションを見て残すか捨てるか決定する『ワイルド仕分け』(この発想が素晴らしい!)、スギちゃんが家族写真を見ながらワイルドな想い出話にふける『想い出ワイルド』など、スギちゃんのワイルドさに立ち入り過ぎない企画ネタが目白押し。無論、ネタだけでもそれなりに面白いのだが、そこかしこに見えるパフォーマーとしての粗から漂う芸柄が、なんだかネタよりも面白い。普通の芸人ならそれは大きな問題だが、スギちゃんに関しては、それでいいのだ。それにしても、スギちゃんはどこまで自覚的にやっているのだろう。あまり深読みしたくないので考察はしないが……もしも、全て自覚的にやっていたとしたら……。


・本編(54分)

「ワイルド漫談」「スギちゃん家訪問」「ワイルド仕分け」「ワイルドな日常」「想い出ワイルド」「ワイルドかるた」

・特典映像(22分)

「スギちゃんの里帰り」「ワイルドな日常番外編」「題字作成の様子」「おまけ」「卒業アルバムの文集」