菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『グレイテスト・ヒッツ』(レイザーラモンRG)

GREATEST HITS [DVD]GREATEST HITS [DVD]
(2013/03/06)
レイザーラモン RG

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まずは、2013年当時の日本について語ろう。あの頃の俺たちは、東日本を襲った大震災の余韻を忘れることが出来ないままに、漠然と薄暗い日常を過ごしていた。そこには、結末の見えない高揚感に包まれた80年代、終末に向かって突き進んでいることに自暴自棄になって明け暮れた90年代、何処へ向かえば良いのか分からずに模索し続けたゼロ年代、そのいずれの時代とも違う陰鬱さが立ち込めていたんだ。そんな時代の中、俺たちは常夜灯に群がる虫けらたちの様に、ほのかな灯りに寄り添って生きていた。でも、その灯りはあまりにも頼りなくて、気が付けばまた別の灯りを探して暗闇を彷徨う、そんな毎日を過ごしていた。

そんな、ある日のことだ。いつものように、見えない明日へ刻一刻と迫っていく時計から逃げ出すため、俺は一人、行きつけのバーで飲んだくれていた。そう、いつものことだ。カウンターに突っ伏して、じっと動かなくなるまで酔い潰れて、最後は店のマスターに「閉店ですよ」と起こされる。決して健康的な生活とは言えなかったが、俺はそんな日常に居心地の良さすら覚えていた。まともじゃないからこそ、まともな日常から逃れられる……そんなことを無意識に感じていたのかもしれない。その日も、そうなる筈だった。少なくとも俺はそう思っていたし、そんな姿を呆れ顔で見ているマスターも同じことを思っていただろう。だが、その日は違っていた。

「おい、聴いたか?」。突然、隣の席から話しかけてくる声がした。見ると、そこには友人の鼠がいた。無論、本名ではないだろうが、仲間うちの間では彼は鼠と呼ばれていた。自分から、そう呼んでほしいと申し出たのだ。きっと、知られたくない事情でもあるのだろう。「何を?」。俺自身の暗い声が聞こえた。とっとと一人で酔い潰れてしまうつもりだったので、喋る予定の無かった喉は、何処か空回りしているように感じた。「聴いてないんだな」。そう言うと鼠は、彼が持参したタワーレコードの袋から、一枚のDVDケースを取り出した。何のDVDなのかは分からない。鼠が勿体ぶって、腕で隠していたからだ。

「なあ、正直なところを聞きたいんだが、最近の音楽にうんざりしちゃいないか」。そう、鼠は言った。「うんざりだね」。まだ通常に戻っていない喉で、俺は返事をした。「新鮮味だけで評価されている中身カラッポの自称ロック、システムで注目されるしか能の無いアイドルソング、中学生のガキが書いたようなラブソング、もううんざりだ」。酔っていたこともあってか、その時の俺はやけに辛口な言葉を吐き捨ててしまった。実際のところ、俺は当時のロックもアイドルもラブソングも嫌いではなかったのだが……。しかし、そんな俺を見て、鼠はニヤリと笑った。「だと思った。なら、これはどうだ?」。そう言うと、鼠は隠していたDVDを、俺の目の前に突き出した。

「……レイザーラモンRG? 知らないな」

「だろう。俺も知らなかった。だが、なかなか悪くない。良かったら、ここで見たいと思うんだが、マスター。いいかい?」

「他に客もいないから、別に構わんよ」

「しのびねえな」

その店には、小さなテレビが一台あった。カウンターの向こう、沢山の酒瓶が入った棚の一番上に置かれていた。時折、客が持参するDVDを、そこで流していた。最近の映画も流したこともあったし、随分と古臭い白黒の映画を流したこともあった。大抵、最近の映画はつまらなくて、古い映画はそれなりに面白かったので、ある時「最近の映画はクソったれだ」とつぶやいたら、鼠に「古い映画は良い映画しか残っていないのさ」と窘められた苦い思い出がある。

DVDの本編は一時間くらいだったと思う。が、その一時間は、あまりにも短い一時間だった。鼠が言うように、それは確かに衝撃的な作品だったからだ。全ての楽曲が終わった瞬間、俺は思わずため息をついた。

「……どうだ?」

「いや、これは……なんていうか、確かに……凄いな」

「だろう」

「曲自体は昔の……80年代の楽曲のカバーだが……それが全部……」

「意味を失くしているだろ?」

「そうだ! 無意味なんだ! ただでさえ、聴き心地の良い言葉ばかりを並べていた80年代の楽曲が、更に無意味になっているんだ! ……これはなんなんだ?」

「……これがRGさ。どんな楽曲も、彼にとっては「あるある」を言うための踏み台に過ぎない。いや、当人ですら、そんなことは思っていないのかもな。彼はただ、「あるある」という大義名分を掲げて、好きな曲を歌っているだけなのかもしれない。とはいえ、それが意図的であったにせよ、意図的でなかったにせよ、彼が既存の楽曲が持っていた意味を失くしていることは事実だ。それは言うなれば、究極の「無」に等しい」

「……」

「だが、RGの本質はそこじゃない。彼はゼロ年代に巻き起こった『あるあるネタ』『一言ネタ』『ショートネタ』ブームに対する、一つのアンチテーゼだ。ゼロ年代は、テレビをながら見する視聴者たちから相手にしてもらうため、芸人たちのネタを短くても楽しめるものへと凝縮していった。しかし、彼の「あるある」は、楽曲の最後に披露されるネタまで、延々とフリを繋げていくスタイルだ。しかも、そのフリを切ってしまうと、ネタとして成立しない。これはゼロ年代のそれとはまったく逆の手法だといえるだろう」

その後、俺たちはいつもと同じ様に、バーで酔い潰れるまで酒を飲み続けた。でも、その時にはもう、不安だとか憂鬱だとか、そういった感情はすっかり消え失せていた。レイザーラモンRG。その登場は、これまで俺たちを包み込んでいた闇に差し込んだ、一筋の灯りだった。それから数年後、レイザーラモンRGは時代の救世主として様々なメディアで注目を集めるようになっていくのだが、それはまた別の話である。嘘だけど、そうなったらいいなあ。


■本編(55分)

「『CHA-CHA-CHA』歌舞伎あるある」「『シーズン・イン・ザ・サン』豆腐あるある」「『WEEK END』パンダあるある」「『ワインレッドの心』鍋あるある」「『大都会』アパートあるある」「『目を閉じておいでよ』with椿鬼奴」「『愛をとりもどせ!!』歌舞伎あるある」「『GLORIA』網戸あるある」「『あー夏休み』地球外生命体あるある」「『翼の折れた天使』からあげあるある」

■特典映像(7分)

「『ワインレッドの心』」「予告編集」

■音声特典

浅越ゴエザ・プラン9)による全曲実況解説