菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

シティボーイズミックス『動かない蟻』

シティボーイズミックスPRESENTS 動かない蟻 [DVD]シティボーイズミックスPRESENTS 動かない蟻 [DVD]
(2013/03/27)
大竹まこと、きたろう 他

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シティボーイズは1979年に結成された。メンバーは、同じ劇団に所属していた、大竹まこと、きたろう、斉木しげる。81年に数多くのお笑い芸人を輩出した『お笑いスター誕生』にてデビュー、10週勝ち抜きでグランプリに輝く。83年から単独ライブ「シティボーイズショー」を開始、宮沢章夫が作家として参加する。89年からは、これまで演出補佐として参加していた三木聡を演出に迎えて「シティボーイズライブ」を開始、そして01年にライブにゲストを迎える形式の「シティボーイズミックス」へと変化を遂げる。『動かない蟻』はシティボーイズミックスにとって11回目の公演にあたり、本作には2011年9月17日に世田谷パブリックシアターでの模様が収録されている。なお、ゲストとして、中村有志荒川良々辺見えみりが参加している。

シティボーイズミックスでは、これまで長らく演出を“男子はだまってなさいよ!”で知られる細川徹が担当していた(03年~10年)が、『動かない蟻』の演出には、新たに“バカドリル”天久聖一が迎えられている。舞台において演出家の存在は、とてつもなく大きい。事実、シティボーイズライブからシティボーイズミックスへと名前が変わると同時に、演出家が三木聡から坪田塁・細川徹へと変わった当時、そのライブの空気は明らかに一変していた。恐らく、今回の公演において、シティボーイズは舞台に新しい空気を入れる必要性を感じていたのだろう。ナンセンスという時代と隔絶しているようで直結しているスタイルを貫き続けている彼らにとって、停滞こそが恐怖なのである。とはいえ、既にやり方を理解している人間を下ろすことは、とてつもない失敗に繋がる可能性も否めない。伸るか反るかの大勝負、果たしてその結果は……。

大竹まこと、きたろう、斉木しげるの三人が、何者かによって呼び出されて集合するコントから始まる本作は、全体的に重厚なムードが漂っている。それはかつて、彼らが『ウルトラシオシオハイミナール』(演出・三木聡)が見せていた、アングラ的な空気に似ている。だが、違う。明らかに違う。あの、怪しげで魅力的な世界観の背景に見えた、ナンセンスに対する強い渇望が本作には見られない。ひとつひとつのコントは、確かにいつものシティボーイズが演じてきたような、ナンセンスな空気に包まれている。勝手に見知らぬ人間のお墓参りに行くことを趣味とする男、全ての動物が逃げてしまった動物園に残って本を読むオランウータン、失われたコタツの足を探して彷徨う男……。それは間違いなく、シティボーイズならではのナンセンスだ。しかし、その背景には、何かドス黒い感情が渦を巻いている。その原因は何か。公演が開催された時期を考えれば、自ずと分かってくる。

『動かない蟻』は、明らかに東日本大震災の影響を受けている。それも、福島第一原子力発電所で発生した事故のことを。本作では、それに伴う放射能汚染の脅威に対する不安、畏怖、苛立ちがコントに反映されている。降ってくる雨は人体に悪影響を及ぼし、生体濃縮を繰り返して突然変異を起こしたマグロ寿司を押し付けられ、巨大マゾヒストの肛門には大量の海水が注入される。そこには、まるで「俺たちがネタにしないで誰がやる?」とでも言いたげな、気概すら感じられる。

しかし、その一方で、あからさまな原発に対するメッセージを含んだコントを、シティボーイズが演る意味があるのかという疑問もある。もし、それを演るにしても、彼らならばもっと違ったカタチを選んだのではないか、と。また、露骨に下ネタへ逃げていたのも、気になった。深刻さを浄化するための下ネタだったのかもしれないが、あまりに能天気過ぎて、笑いに繋がっていないことが多かったように思う。それを演出家が変わったことによる弊害というべきなのか、それとも大いなる変化というべきなのかは、分からない。ただ、次の公演において、天久聖一が演出から外されていることを考慮すると、少なからずシティボーイズ自身は違和感を覚えていたのではないだろうか。まあ、あくまでも想像に過ぎないが。とりあえず、大竹まことが過去最もやけっぱちにハッスルしていたことだけは、確かである。

最後に、ゲストについて。辺見えみりは、正直言ってあまりシティボーイズの舞台に適していなかったような。彼女の美貌はコントに色を添えてくれたが、台詞がいちいち言わされているようで、違和感が強かった。どうしても、過去の女性ゲスト勢(ふせえり犬山犬子、YOU、五月女ケイ子銀粉蝶など)と比較してしまうからなあ……。一方の荒川良々は適材適所の活躍を見せていたと思うが、彼は細川徹演出の方が活き活きと活躍できたのではないかという疑念も残った。まあ、細かいことを言い始めると、キリがないのは分かっているが……。

ナンセンスの心地良さを捨て、そのシンプル過ぎる感情を露骨にメッセージ化している本作は、いわゆる傑作と呼べるような代物ではない。しかし、その後に残る不穏な空気は、観た者の心情を強く揺さぶる。それでも、我々は動かない蟻のままだ。目の前に脅威が迫っていても、動くことなく、そこにいる。


■本編(約111分)※一部タイトルは便宜上、こちらが勝手に付けたものです

「プロローグ」「オープニング」「墓参りの女」「暗記村」「おひまならきてよね」「夢の石松」「コタツ男」「森に住む」「何も考えない広場」「エピローグ」「エンディング」