菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

チョップリン『ティッシュ』と“共通認識”

時々、説教されることがある。

30歳を目前にして他人から説教されるというのは、一見するとちょっと情けない話の様な気もするが、逆に言えば、まだ人として伸びしろがあるということだ。少なくとも、その見込みがあると思っているからこそ、その御仁は私に説教してくれるのである(まあ、立川談志曰く、「小言は己の不快感の解消である」とのことだが。それについてはひとまず置いておけ)。なんとも有難い話ではないか……と思うのだけれども、その一方で、説教されて困ってしまうこともある。

例えば、その人がどうして私を説教しているのか、分からないときがある。とにかく私に何かを伝えようとしているのだという意思だけは伝わってくるのだが、何を言っているのかがよく理解できないのだ。言語は通じているのに、同じ世界で生きているのに、どうしてこんなに伝わってこないのか。理解できないのなら、理解できないことについて質問すればいいじゃないかと思われるかもしれないが、そうすることによって、更なる迷宮に飲み込まれてしまうことが多いから、実になんとも立ち往生である。自分の読解力が悪いのか、相手の表現力が悪いのか。アレやコレやと考えてみて、これはむしろ、どちらが悪いという話ではなく、根本的に共通認識を持てていないからではないかという仮説を導き出してみた。

かつて、山崎まさよしが『セロリ』という曲の中で、“育ってきた環境が違うから好き嫌いはイナメナイ”と歌っていたが、同じ場所で出会った人同士であっても、それまでに過ごしてきた半生はまったく違っている。親の教育方針、学校・近所の環境、所属していた部活動、受けてきた授業のレベル、交際した男女の数、それぞれまったく違うし、違って当たり前なのである。だからこそ、共通認識を確認することは、とても大切だ。自分が良しと考えていることを、相手は悪しと考えているかもしれない。それら一つ一つの共通認識を確認した上で、話は進められなくてはならないのだ。なのに、そこを怠るから、話が分からなくなってしまうのである。私に説教する人は、そこのところをどうか気を付けていただきたい……って、なんで説教される側の私が偉そうにしているんだか。まったく。

そんなこんなを考えていて、ふと、チョップリンの『ティッシュ』を思い出した。

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チョップリン松竹芸能に所属するコント師だ。兵庫県芦屋市出身の小林幸太郎西野恭之介によって、1999年に結成された。全国的な知名度は低いが、「ABCお笑い新人グランプリ 最優秀新人賞」「上方漫才大賞 優秀新人賞」「上方お笑い大賞 新人賞」「NHK上方漫才コンテスト 最優秀賞」など、関西方面の賞レースでは高い評価を得ている。そろそろ「キングオブコント」でも注目されてもらいたいのだが……。『ティッシュ』は、そんなチョップリンの代表作として知られている。

『ティッシュ』は、新人のバイト(西野)が先輩(小林)から仕事内容の説明を受けるコントだ。西野が任された仕事は商品の検品。二人の前には机があり、その上には青いバケツとピンクのバケツとティッシュが一箱。大丈夫なヤツを青いバケツに入れて、大丈夫じゃないヤツをピンクのバケツに入れるように西野に説明し、小林が手本を見せようとするのだが……。

 小林、箱からティッシュを一枚引き抜く。

小林「えっとな、まずな、これが大丈夫なヤツね」

西野「これが大丈夫なヤツ」

小林「うん、これが大丈夫なヤツ」

 小林、引き抜いたティッシュを青いバケツに入れる。

 続けて、もう一枚箱からティッシュを引き抜く。

小林「これも大丈夫なヤツな」

西野「これも大丈夫なヤツ、はい」

 小林、引き抜いたティッシュを青いバケツに入れる。

 更に続けて、もう一枚箱からティッシュを引き抜く。

小林「あ、これは大丈夫じゃないヤツ」

西野「これは大丈夫じゃないヤツ……」

 小林、引き抜いたティッシュをピンクのバケツに入れる。

小林「大丈夫?」

西野「大丈夫です!」

小林「出来る?」

西野「(首を傾げながら)……大丈夫です!」

どっからどう見ても、大丈夫ではない。

結果、西野は上手く検品することが出来ず、小林の手を大いに焼かせてしまう。初めに、ティッシュの「大丈夫なヤツ」と「大丈夫じゃないヤツ」の違いを明確にしていない、共通認識を確認できていないためである。ただ、ちゃんと質問していない西野にも、落ち度はあるのだが。むしろ、ちゃんとバイト内容を理解していないのに、ニュアンスでどんどん処理していこうとする西野こそ、このコントにおけるボケといえるのかもしれない。ただ、後の展開で、更に状況が複雑化するのだが。

小林「この空いた箱に、この大丈夫なヤツを詰めてって」

西野「詰め直すんすか!?」

世界中の諸先輩方には、どうか相手の認識具合を察して、「大丈夫な説教」と「大丈夫じゃない説教」を上手く使い分けてもらいたいものである。って、だからなんで説教される側である私が偉そうなんだ。そんなだから説教されるんだろうが。『アオイホノオ』第70章の最後の名文を百回読み返せ。まったく。