菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『兵動大樹のおしゃべり大好き。7』+『兵動大樹のおしゃべり大好き。8』

「すべらない話をしてよ!」

いつだったか、そんなことを飲みの席で言われた。思うに、誰とも交流を深めようとせずに、一人でひっそりとお酒を呑んでいる私に気を使ってイジってくれたのだろうが、それにしたって、もうちょっとなんとかならなかったものか。あまりにもフリが乱暴である。そもそも「すべらない話」というタイトルは、芸人たちのエピソードトークに高いハードルを設けるため、意図的につけられたものだった筈だ。それを一介のお笑い好きでしかない私に向けられても、そのハードルの下をくぐることしか出来ない。実際、私はくぐった。それはもう、有野課長(fromゲームセンターCX)がプレイしているスーパーマリオワールドの様にくぐった。場は白けたが、どうすることも出来なかったのだ。

とはいえ、私としても、咄嗟に面白いエピソードトークを引き出せなかったことについて、少しだけ後悔している。実のところ、ちょっと笑いが取れそうなエピソードが、皆無というわけではないのだ。ただ、いざそういったトークが必要な場面になると、それをまったく思い出せなくなってしまう。根本的に記憶力が脆弱なのである。運良く、面白いエピソードを思い出せたとしても、今度はそれを上手くトークへと昇華するパフォーマンス能力も圧倒的に低いという問題が露呈する。そこへ更に緊張する場面に弱い気質が加わるのだから、どうにもならない。なんという八方塞がり。いっそ私は貝になりたい。面白いエピソードトークを求められることなく、ひっとりと余生を過ごしたい。神様、どうせだからアワビとかにしてくれませんか。ダメか。

だからなのかは知らないが、私は兵動大樹が大好きだ。

普段は、相方の矢野勝也とともに漫才師“矢野・兵動”として活動している兵動だが、そのエピソードトークは諸芸の領域を超越している。兵動は様々な人々・様々な事物を徹底的に咀嚼して状況を解体、客観的な視点から解釈を加えて再構築することで、その面白さを確実に引き出してみせる。加えて、漫才師として磨き上げてきた表現力が、その笑いを何倍にも膨らませていく。更に、普通なら体験できない日常に遭遇する引き運の強さもあるのだから、実に恐ろしい。まさにエピソードトークを語るために生まれてきたような芸人、それが兵動大樹なのである。

兵動大樹のおしゃべり大好き。」は、そんな兵動がたった一人でエピソードトークを展開するライブだ。

 

兵動大樹のおしゃべり大好き。 7 [DVD]兵動大樹のおしゃべり大好き。 7 [DVD]
(2013/10/23)
兵動大樹

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2013年4月27日・28日に梅田芸術劇場シアター・ドラマシティで開催したトークライブより、27日の模様を収録。

シアター・ドラマシティという特別な舞台で行われたトークライブだからなのか、本作はオープニングからして過去の『おしゃべり大好き。』とは一線を画している。まず、兵動がシアター・ドラマシティでライブをすることに対する熱い思いを語っているムービーが流れ始める。これといって笑いどころもなく、本当にマジメに話している。そのマジメぶりに、思わず「いやいや、お客さんにはそんな思い入れとかあんまり関係無いよ」と意地の悪いことを考えてしまったのは、きっと私だけではないだろう。ムービーが終わると、客席に少しぽっちゃりとした少年が現れ、舞台上へと駆けていく。そこには、お馴染みのキャップとメガネが。少年がそれを装着すると、なんと兵動大樹に大変身……って、トークライブのオープニングでまさかのファンタスティックなパフォーマンスだ。これにはオーディエンスもサプライズがノンストップでトゥゲザーせざるを得ない。……ルー大柴かいな。

お笑いライブとしては異例の広さを誇る会場(898席!)でのライブを意識したバカバカしくも華々しい演出が、なんとも楽しい。とはいえ、それはあくまでもオープニングまでの話。兵動が口を開いた瞬間からおよそ2時間、その喋りを邪魔するものは何もない。たった一人のおしゃべり大好きな芸人のトークライブが、ただただ繰り広げられるだけである。

収録されているトークは『後悔の募金箱』『フジタ兄さんと滝行』『兵動家のバレンタイン』『兵動の新居と体力』『最高級ベンツとの戦い』『仕事場のプリンター』『セコムの防犯カメラ』(※実際にはタイトルがないため、便宜上私が勝手につけたタイトルである)などなど。これらの長めのトークに、時に補足として、時に脱線として、ちょっとした短めのトークが縦横無尽に絡まっている。それでいて、違和感のない流れがきっちりと出来上がっているのだから、なんとも恐ろしい。自身の複雑な性格の話に先輩芸人の話、近年ではお馴染みとなった子どもたちの話など、どのトークも非常に面白いのだが、個人的には『仕事場のプリンター』の話で大笑いした。プリンターのせいで発狂しかけた兵動の小心さと、それに至るまでの流れがとにかくバカバカしい。

特典映像は、本編には収録されなかった28日のトークの一部が収録されている。せっかく二日連続で開催したのだから、思い切って二枚組にして、二日間の模様を完全収録しても良かったのではないかと思うのだが……。もしかすると、幾つかのエピソードが重複していたのだろうか。いや、しかし二日連続で観に行く客もいるだろうから、それは考えにくい。単なる失策だろう。ああ、観たかったなあ。


■本編【123分】

「1DAY'S」

■特典映像【50分】

「2DAY'Sより「例えベタ」「カウンター」」

「シアター・ドラマシティ 2days舞台裏の記録」


兵動大樹のおしゃべり大好き。8 [DVD]兵動大樹のおしゃべり大好き。8 [DVD]
(2014/09/17)
兵動大樹

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2013年11月2日にザ・フェニックスホールで開催したトークライブを収録。

本編を再生すると、いきなり気品溢れる室内楽が流れ始める。「あれ、再生するDVDを間違えたかしらん」と思っていると、画面にはよしもと・クリエイティブ・エージェンシーのロゴが。どうやら間違っていないようである。しかし、そのまま画面は、屋外の夜景が見えるガラス張りを背にしたオシャレの極致の様なステージを映し出し、やっぱり間違えているのではないかと不安になった。無論、言うまでもなく、それは『兵動大樹のおしゃべり大好き。』のDVDで間違いなかったのだが、あまりにも洗練されたステージだったので、とても驚いてしまった。正直、兵動に対して、私はこういう洒落た印象を抱いていなかったもので……失礼だね、どうも。ただ、当人も開口一番「似合わんなぁ、オレ!」と申しているので、ここは国民の総意と捉えてもいいのではないかと(範囲が広い)。とはいえ、「枕が変わってもやっぱりするこたぁ同じ」ならぬ「ステージが変わってもやっぱりするこたぁ同じ」なわけで、舞台上で繰り広げられるのは通常の『おしゃべり大好き。』である。

トークの内容はおおまかに五つ。まず、ライブの会場の話やライブ前のスケジュールの話などで、ゆったりと観客の意識を引き寄せる『オープニング』。人生最後のダイエットを始めている話から麻酔をかけてもらって大腸カメラを入れたときの衝撃エピソードへとなだれ込む『健康への道』。よく「いい人」と言われる兵動が感情的になった出来事を激白する『俺はええやつちゃうねん』。忙しい最中、ふとした時に仕事からも家族からも解放された兵動が思いつきで大阪の観光地をうろついてみたところ、恐ろしい体験をしてしまう『大阪観光スポット』。そして、妻や娘の言動にまんまと踊らされている兵動の忙しなくも幸せな日々を話した『兵動家の人々』。どのエピソードも面白かったが、個人的には『健康への道』が秀逸。カメラを入れる前に飲む下剤、カメラを飲むときの麻酔、その度にお世話になる看護師、その全てのターンで笑わせてくれる。普通なら何も起こらない状況でも、何かを巻き起こしてしまう……そんな兵動の有難くないようで有難い才能の本気を見させられたような気がした。

特典映像には、兵動のトークにたびたび登場する藤田兄さん(元・大阪キッズの藤田茂明)と、尾道からしまなみ海道を経て丸亀へと向かう旅の模様を収録。トークで語られている通りの天然ボーイぶりを発揮する藤田兄さんと、先輩芸人である藤田兄さんに対して時たま仕掛けるブラック兵動のやりとりが、なんとも微笑ましくて楽しかった。単純にロードムービーとしても魅力的で、特に尾道パートは、二人が大林監督の映画で目にした町の風景の中に入り込んで、じんわりと感動していることが伝わってきて、とても良かった。

日常も、非日常も、全部ひっくるめて“すべらない話”にしてしまう兵動のワザに、今後とも頭が上がらない所存である。いや、上げるけど。見るから。


■本編【103分】

兵動大樹のおしゃべり大好き。35」

■特典映像【62分】

「兵動・藤田 激走!!約670km ~瀬戸内海死闘編~」