菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『ナイツ独演会 主は今来て今帰る。』+『二人対談』

私が初めてナイツの漫才を目にしたのは、2003年10月に放送された『爆笑オンエアバトル』だった。当時、彼らが演じていたネタは、戦争中の出来事を語るおばあちゃんが銃撃戦をリアルに再現するという漫才で、それを見ながら大笑いしたことを覚えている(この時のネタは、ナイツの漫才師としての変遷を辿る『21世紀大ナイツ展』に収録されている)。これだけ面白い漫才師なら、きっとオンエアの常連になるだろうと思っていたのだが、結果として、ナイツは番組にハマらなかった。この頃の彼らはまだ芸風を模索している段階だったので、その定まらないスタンスに観客が気付いていたのかもしれない……と結論付けそうになっていたのだが、一度だけ“ヤホー漫才”で挑戦したにも関わらずオフエアになってしまっているので、単純に番組の雰囲気と合わなかったのだろう。

ナイツが注目を集めるきっかけとなったのが、塙がインターネットのヤホー(Yahoo!ではない)で調べてきた間違った情報を話し続け、その内容に土屋が細かくツッコミを入れ続けるスタイルの漫才“ヤホー漫才”であることは間違いない。だが、それだけでは、現在に至るまで人気を維持することは出来なかっただろう。ナイツの魅力は、なんといっても“浅草の漫才師”という点にある。内海桂子青空球児・好児昭和のいる・こいるなどのベテラン漫才師が在籍する「社団法人 漫才協会」に所属し、演芸場を中心に活動しているナイツは、いわゆる養成所やインディーズライブでしのぎを削ってきた若手芸人たちとは違う空気を漂わせていた。なんというか、ナイツは大人だったのである。若手らしからぬ落ち着きで、老若男女が理解できるテーマの漫才を、日々の舞台で磨き上げてきた話術で繰り広げていく。多くの若手芸人がテレビを目指して精進していたのに対し、彼らには演芸場というバックボーンがあったことも、その風格に貢献していたように思う。そして、それは今も変わらない。

2015年現在、多くのテレビバラエティに出演しているナイツは、それでも演芸場を暮しの軸にしている漫才師としての立ち位置から、問答無用の毒舌をまき散らしている。放送コードの枠を大胆に超えそうで超えない彼らのスタンスを考えると、まだしばらく需要は続きそうである。いっそ、浅草の偉大なる先輩の背中を追ってみるのも……へへっ。

 

ナイツ独演会 主は今来て今帰る。 [DVD]ナイツ独演会 主は今来て今帰る。 [DVD]

(2014/01/22)

ナイツ

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年に一度のペースで開催されている【ナイツ独演会】は、ナイツの様々なスタイルの漫才を楽しめる数少ない場の一つだ。毎回、正統派のしゃべくり漫才から、小道具・エキストラなんでもかんでも投入してしまう邪道漫才まで、多種多様の漫才が披露されている。本作には、2013年11月に国立演芸場で開催された【ナイツ独演会】の模様を収録。余談だが、この公演は「平成25年度(第68回)文化庁芸術祭参加公演」なんだとか。……それがどういう意味をもたらしているのかは分からないが、とりあえず凄いことなのだろう。うん。公演は11月2日から4日までの三日間開催され、本作には最終日となる4日の模様が収録されている。

オープニングはまさかのコント。それも、新郎に扮した土屋に向けて大学の先輩にあたる塙が手紙を読み上げるという、非常にオーソドックスな設定のコントである。しかし、塙が手紙のつもりで懐から取り出したのは、なんと自らの離婚届。かつて、土屋に結婚式で挨拶を務めてもらったこともあった塙だが、既に夫婦の関係は修復不可能な状態になっていたのである……。ライブのオープニングを飾るコントとしては、あまりにも下ネタフルスロットルのドイヒーな内容で、とにかく苦笑いが止まらない。しかし、これだけの爆弾をオープニングに持ってきたことで、二人が「今年もやらかすぜ、俺たち」とサンボマスターばりの意欲でこの独演会に臨んでいることが、はっきりと伝わってくるコントだった。

コントが終わり、舞台に幕が下ろされると、脇からナイツと同じマセキ芸能社に所属している中津川弦がハンドマイク片手に姿を見せる。【ナイツ独演会】のもう一つの見どころが、彼らの漫才の合間にネタを演じてくれるゲストの存在だ。漫才、コント、落語、太神楽などの芸でもって、観客と視聴者を楽しませてくれる。中津川弦は独演会の常連で、ナイツのライブでは前座としての役割を務めていることが多い。今回もいつものように、やわらかい語り口と妙に後を引くジョークで観客を楽しませてくれる。……なかなか大爆笑とまではいかないけれど、それもまた味である。

中津川弦の漫談が終わると、再びナイツが舞台に登場する。今度はちゃんと漫才だ。テーマは「ヤホーで2013年上半期を調べました」。日本シリーズのマーくんに始まり、キンタロー。の大ヒットから前田敦子尾上松也の熱愛報道を経て、AKB48峯岸みなみが丸坊主謝罪、アイドル繋がりで矢口真里の不倫報道、不祥事起こした人シリーズからの内柴の金を剥奪、高梨沙羅WBCの悲劇、ダルビッシュからの狩野英孝、林修にビッグダディ能年玲奈と『あまちゃん』などなど、漫才の中に時事ネタがこれでもかと詰め込まれている。あらゆる話題で展開する勘違いボケ・言い間違いボケのバカバカしさで笑わせられながらも、全ての流れをしっかりと作り上げている構成力に感心。終盤の水道橋博士から始まるピンとこないショート時事ネタシリーズもたまらなかった。ああ、そんなことがあったような気もするけれど……やっぱりなんだかピンとこない。

この後も、様々な笑いが繰り広げられる。三遊亭小遊三の弟子で、2013年に二つ目になったばかりの三遊亭遊里は、古典落語の定番中の定番『饅頭怖い』で観客のご機嫌を伺う。……まだまだこれからの人である。この反応も致し方ない。続いてはナイツの新作漫才。塙が松井秀喜の話を始めたかと思いきや、だんだんと色んな松井が顔を見せ始めて……『松井!』と、野球界で達成された様々な大記録を受けて、ナイツに関する記録を発表する『大記録達成』の二本立て(実際の独演会では三連発だったらしいのだが、うち一本が歌ネタだったために本編ではカットされているとのこと)。どちらも非常に面白かったが、観ている人間の想像力をくすぐった『松井!』の方が好み。その後は『オンバト+』四代目チャンピオン、ジグザグジギーによる『ジャムトースト』でお楽しみ。なかなか開かないビンの蓋に苦戦する男と、次から次へと飛び込んでくるジャムトーストの注文によるバックステージの戦いを描いた傑作である。更に、ナイツの二人がお互いに短い小噺を披露し続ける『ナイツの二人落語』、寄席で見ない日はないという色物の大家・ボンボンブラザースによる『太神楽曲芸』など、珍しい映像が続いていく。ボンボンブラザース、実際に寄席で観たことがあるけれど、やっぱり味があっていいよなあ。好きだなあ。余談だが、2日のゲストは昔昔亭桃太郎とバイきんぐ、3日のゲストは春風亭昇也と清水ミチコだったという。桃太郎師匠はちょっと観たかったなあ。

数々の演芸を堪能しているうちに、独演会も終わりが見えてきた。最後はやっぱりナイツの漫才だ。テーマは「ヤホーで2013年下半期を調べました」。オリンピック誘致、宮崎駿監督の引退宣言など、上半期と同様に様々な時事ネタを盛り込んでいる。……しかし、最終的には、もう『半沢直樹』のことで頭がいっぱいに。まさか、まさか、時事を絡めたしゃべくり漫才があんな展開を迎えることになろうとは。実際のドラマは一度も見たことがないにも関わらず、がっつりと引き込まれてしまった。あの大胆な構成もまた、独演会ならでは。テレビではきっと観ることが出来ないだろう……と思っていたのだが、なんと『笑点』で披露されたらしい。あの過剰なほどにリアルに再現された世界に、一般のお客さんはちゃんとついていくことが出来たのだろうか。観たかったなあ……『笑点』の客の前で絶叫する土屋……。

DVD特典はナイツによるネタ解説コメンタリー。過去の【ナイツ独演会】にもネタ解説コメンタリーは収録されていたが、それらはいずれも特定のネタ・ゲストに限定されていた。しかし本作のコメンタリーは、全編を通して収録されている。さぞ充実した内容になっているのだろう……と期待していたのだが、いざ再生してみると、ネタとネタの間のわずかな時間でだけナイツが喋るという不思議なシステムを採用していて拍子抜け。ネタ解説コメンタリーっていえば、ずっと喋り続けると思うじゃない!

とはいえ、肝心の本編が充実していたので、内容に対する不満はない。ナイツの話芸を存分に堪能できる、とても楽しく、それでいてちょっと毒の利いた、大人向けの笑いに満ち溢れた作品だった。惜しむらくは、カットされたという新作漫才の存在である。コメンタリーによると、志村けんのネタがあったらしい。うーん……気になるなあ。


■本編【100分】

「ナイツオープニングコント「結婚スピーチ」」「中津川弦「漫談」」「ナイツ漫才「ヤホーで2013年上半期を調べました」」「三遊亭遊里「饅頭怖い」」「ナイツ新作漫才「松井!」「大記録達成」」「ジグザグジギー「ジャムトースト」」「ナイツの二人落語」「ボンボンブラザース「太神楽曲芸」」「ナイツ漫才「ヤホーで2013年下半期を調べました」」

■音声特典

「ナイツによるネタ解説コメンタリー」


二人対談 [DVD]二人対談 [DVD]

(2015/01/28)

ナイツ

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2014年にも【ナイツ独演会】は開催された。11月15日・16日の二日公演で、聞いたところによると、ゲストとして中津川弦かもめんたる友近浜口浜村等が出演していたとのこと。しかし、今回の独演会はソフト化されず、本作には独演会の半券を持っている人だけを応募対象としたDVD収録用ライブの模様が収められている。これまでの独演会でも、ソフト化の際に著作権上の関係で映像処理・音声処理された漫才が幾つか見られたので、今回はそういうネタがいっぱいあったのかもしれない。ライブが行われたのは、11月21日の浅草東洋館。東洋館は漫才・漫談などの色物を中心とした芸を楽しめる演芸場で、いわばナイツのホームグランドだ。独演会が観られなかったことは残念だが、普段のナイツが漫才をやっている場所の雰囲気が分かるのは素直に嬉しい。

本作にはゲストが出演していない。お馴染みの中津川弦すら出演していない(ライブ自体には参加していたらしいが未収録)。ナイツの漫才一本勝負だ。一本目のネタは、昨年の独演会でも披露された時事ネタかっぷり四つスタイルの漫才『2014年をヤホーで調べました』。AKB48を卒業した大島優子紅白歌合戦を卒業した北島三郎、『明日、ママがいない』、小保方晴子佐村河内守ソチ五輪で活躍が期待されていた選手たち、『笑っていいとも』最終回、オバマ大統領の来日、田中将大大谷翔平、ワールドカップの予選敗退、ASKA逮捕、AKB48握手会襲撃事件、錦織圭、号泣議員・野々村竜太郎など、2014年の話題を総ざらいしている。自然な流れで2014年の話題をどんどん繋げていく流れは今回も見事。とある話題の最中に、まったく関係の無い話題をブチこんで化学反応を起こしていく。特にASKA逮捕のくだりは、ブラック塙の本領を発揮していて面白かった。それらの悪意を正確に捉えて観客にお送りする土屋の捌きも絶妙だ。

その後も、様々なスタイルの漫才がてんこ盛り。演芸場でお世話になっている師匠に関する冗談の様なエピソードが次々に明かされていく『素晴らしき師匠』は、塙の勘違いがフリになって土屋の話す真相がボケになるという仕組みの漫才。単なるエピソード紹介では終わらせないところが実に上手い。塙の話す内容に特定のパターンが発見される『小』は、ミステリー小説の様に後から伏線を回収していく練り上げられた漫才。全てを理解した後で、また最初から観直していくのが楽しい。『塙不動産』は塙の相撲愛に満ち溢れた秀作。ありとあらゆる場面で相撲に関するワードが飛び込んでくる。怖い話をするように土屋家の内部に迫る『TAEKO』は、『素晴らしき師匠』と同様、塙が勘違いすることで対象のヘンテコなところをより強調してしまう底意地の悪い漫才。思うに、家庭というのは、他者とは隔絶された面白さがある。

とりわけ印象に残っているのは『盛れない男』。漫才協会の現状を妙に控え目に語ってしまう塙に対して、土屋が「話をもっと盛りなさいよ!」とツッコミを入れる漫才なのだが、そこから始まる芸人・テレビに対する塙の熱のこもった批判が実にたまらなかった。「嘘ばっかりだろーがよ! テレビつけててもエピソードトークは!」「番組名を出すな!」「家電にそんなに詳しくないでしょ!」「コーナー名を言うな!」という怒号が飛び交う様にもう笑いが止まらない。テレビに出るために話を大袈裟に膨らませようとする芸人と、それを嬉々として取り上げるテレビの間に漠然と生み出されたヘンテコな信頼関係に「テレビなんて出なくたっていいんだ! 俺は!」と叫びながら切り込んでいく塙の姿は、まるでドン・キホーテの様に滑稽で、しかし格好良かった。

【ナイツ独演会】の様に、様々な演芸を楽しめるバリエーションの面白さはなかったが、今のナイツがやりたい漫才を明確に表現しているという意味では、本作は非常に満足のいく作品だった。これでネタ解説コメンタリーがあれば、もうちょっと嬉しかったような気もするが……贅沢は言わない。十分に傑作である。


■本編【87分】

「2014年をヤホーで調べました」「素晴らしき師匠」「小」「あらかじめ」「塙不動産」「最強のネタ」「盛れない男」「CA物語」「TAEKO」