菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『シソンヌライブ [trois]』

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(2015/03/31)

シソンヌ

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『シソンヌライブ[trois]』を観る。

シソンヌは長谷川忍とじろうによって2005年に結成された。二人が出会ったのはNSC吉本総合芸能学院)東京校で、同期にはエド・はるみ、チョコレートプラネット、向井慧(パンサー)などがいる。特にチョコレートプラネットとは親しく、不定期にコントユニット“チョコンヌ”としても活動している。2014年に『キングオブコント2014』の決勝戦に進出。その洗練されたコントが高く評価され、七代目王者に君臨する。本作には、そんなシソンヌが2015年1月に赤坂RED/THEATERで開催した、【シソンヌライブ】の模様が収録されている。作・演出は大河原次郎(じろう)が担当。また、監修として、バナナマン東京03などの実力派コント師の舞台に参加している、放送作家のオークラを迎えている。

今でもはっきりと覚えている。『キングオブコント2014』決勝戦の一番手、シソンヌが披露したコント『ラーメン屋』。「博打に負けた男が自分への戒めとして臭いラーメンを食べに行く」という泥臭い設定を、彼らは作品として完成された状態で演じていた。演技には微塵も無駄が無く、それでいて笑いどころは多い。当時、私は『爆笑オンエアバトル』『オンバト+』で活躍していたラバーガールのことを応援していたのだが、彼らの演技を観終わった直後に「ここが優勝だ」と確信を抱いた。それだけの説得力があるコントだった。続く二本目のコント『タクシー』も素晴らしかった。あえてツッコミという説明役を排除し、「男にふられた女の悲しみを全力でフォローするタクシー運転手」というシチュエーションそのものの可笑しみを最大限に引き出していた。ここまで完璧なステージをこなしていたにも関わらず、後に、『ラーメン屋』のオチと『タクシー』のオチが繋がっていると聞いたときには、心底驚いたものだ。これだけのコントを生み出しておきながら、まだ仕掛けを施す余裕があったのか、と。

そんな大会の熱気冷めやらぬ状態で迎えた本作のリリース。言わずもがな、とてつもなく高いハードルを設けた上での鑑賞だったが、見事、というよりも、案の定、期待を裏切らない作品に仕上がっていた。美しい映像と耳心地の良い音楽、そして誰に憚ることなくはっきり断言できる、至極のコントの数々……。とはいえ、そこに優勝直後の気張った印象は残らない。いや、そもそも自らの状況を大きく左右するかもしれない賞レースで仕掛けを施していた二人に、大会をきっかけに変化するという事態は起こり得ないのだろう。

本編を再生してみて、まず目を見張ったのは『息子の目覚まし時計』だ。若くして亡くなってしまった息子の部屋を、生前のまま保っている夫婦を描いたコントなのだが、とにかく「家族を亡くしてしまった人」の空気が再現されていることに驚かされた。特に、じろう演じる母親の、まだ現実を受け止めきれていないが故に、心がボンヤリと宙に浮かんでいるかのような、危うい精神性が恐ろしいほどにリアルだ。そのリアリティがあるからこそ、「生前の息子が設定して今も鳴り続けている目覚まし時計の騒音」というコントの核が存分に生きる。どうにかして目覚まし時計を止めようとする夫と、鳴り止まない目覚まし時計の音に息子の存在を感じている妻。あまりにも悲しすぎる。でも、だからこそ、笑わずにはいられない。“ブラックユーモア”の一言では片付けられない凄味があるコントだった。

これ以降のコントも魅力的だ。テレビそのものを製作している男とテレビ番組を制作している男の認識のズレが明確になっていく『せいさくしゃ』、学校の先生にビンタされることを恐れていた生徒が現在の教育現場の実情を知って極端に態度を改める『先生の本性』、某映画のシステムを便所に取り入れた『ナイト便所』などなど……それぞれまったく違った方向性から切り込んでいるが、しっかりとシソンヌの空気になっている。やがてライブも終盤に差し掛かり、『母と息子』が始まる。オープニングコント『空港』とのつながりを感じさせる『空港2』を除くと、これが本編最後のコントになる。

『母と息子』は認知症を患っている母親と暮らしている息子のある日の日常風景を描いたコントだ。予測不能の行動を取りながらも自らのボケに対して自覚的な母親と、以前から冗談交じりの言動を繰り広げていた母親が本当にボケているのかどうか疑心暗鬼になっている息子のやりとりは、一見すると喜劇の様にコミカルだ。壁に「ぼけてる」と書いた習字を貼り、自らを「ハイマー」と名乗り、無くなったリモコンを「同じところに隠している」とのたまう母親は、とても明るくて、楽しくて、笑わずにはいられない。でも、だからこそ、あまりにも悲しすぎる。軽快に放り込まれる「そうか! 忘れるのはお母さんの方か!」という台詞の厳しさよ……。

このライブそのものに対する分析は、ポップカルチャーを取り上げているブログ「青春ゾンビ」さんの解説が秀逸なので、そちらをご参考ください。

特典映像には、過去のシソンヌライブで披露されたコントより厳選されたネタを一本ずつと、本作のメイキングが収録されている。厳選コントは『立てこもり』と『ラーメン屋』。『ラーメン屋』は『キングオブコント2014』決勝戦で披露されたネタの完全版だ。より細かいディティールが表現されているので、気になる人は是非。というか、これだけ高画質な映像が残されているのであれば、このライブそのものをソフト化してもいいのではないだろうか。もとい、観たい。ライブのメイキングは、芸人のそれとは思えないほどに真面目な内容だ。ライブ構成・衣装・DVDジャケットの打ち合わせ、構成を詰めるためにホテルに缶詰め、通し稽古などの様子を、笑いを殆ど省いた状態で映し出している。それぞれ非常に短いが、ライブが完成に至るまでの様子を丁寧に撮影していて、お笑いを志す人間にはたまらない映像といえるのではないだろうか。衣装香盤表……そんなものもあるのか……。

演じられているコントも素晴らしかったが、過去のシソンヌライブから厳選コントを収録したり、ライブに至るまでの行程を真面目に追ったドキュメンタリーを見せてくれたりと、しっかりと痒い所に手が届く作品に仕上がっていた本作。なんだか、彼らのコントに対して真摯に向き合っている姿勢を、制作側も真剣に受け止めているように感じさせられた。きっと作られるであろう次回作も、楽しみにしております。


■本編【97分】

「空港」「息子の目覚まし時計」「せいさくしゃ」「先生の本性」「じじいの杖」「ナイト便所」「リューヤの思い」「野祭」「母と息子」「空港2」

■特典映像【37分】

「シソンヌライブ[une]厳選コント」「シソンヌライブ[deux]厳選コント」「シソンヌライブ[trois]メイキング」