菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『ATOM』・全作感想

ラーメンズ DVD-BOXラーメンズ第12回公演「ATOM」 [VHS]
ここ最近、ダウンタウン千原兄弟のコントばかりを観ていた。理由は無い。ただ、これまで観た経験が無い面白いモノを、ちゃんと観たいという気持ちに駆られ、その結果としてダウンタウン千原兄弟を観た。ただ、それだけのことである。おかげで、このところ関東系のコントを見ていない……こともないか。バナナマンの『kurukuru bird』観たし。まあ、いずれにしてもこの傾向はちょっと面白くないというか、一つのパターンにハマっているような状態になっているので、初心に帰る意味で、改めてラーメンズのコントを観た。僕がお笑いの世界にどっぷりとハマるきっかけになった、ラーメンズ。最初に『CLASSIC』を観た。続けて、『CHERRY BLOSSOM FRONT 345』を観た。そして最後に、『ATOM』を観た。いずれの公演も面白かったけれども、やはり『ATOM』は格が違う。ラーメンズ自身が“濃い。”と銘打っている理由がよく分かるライブである。
最初の演目は「上下関係」。上司の片桐と、部下の小林。上司の片桐は偉そうにしているが、実は気が小さい。部下の小林に自分よりも凄い部分があることを知るたびに、自分はもっと凄い人間であるようにアピールする。それは同時に、片桐の人間の小ささをアピールしていることになる。以前より「無用途人間」「超能力」「エアメールの嘘」など、人間を表裏を描くことを得意としているラーメンズ。その一つの集大成とも言える内容だったように思う。
その次の演目は「新噺」。小林が落語をしている。そこに片桐が現れ、小林が演じていたキャラクターを演じる。そして少しずつ、二人は落語というモノの形態を崩していく。彼らが何かをパロディするということは、過去にも「現代片桐概論」「アカミー賞」「プレオープン」などで行われていた。しかし、芸自体をパロディし、崩壊させるという手法は過去に例が無く、彼らの中で一つの何かが起こったのではないかと推察される。
その次の演目は「アトム」。冷凍保存されていた父親(片桐)は、30年経った21世紀に息子(小林)によって目を覚ます。1973年*1に眠った片桐は、21世紀に期待している片桐は、そこにある様々な“未来”を見るが、それらは自分が信じていた未来とは掛け離れた未来であったため、片桐は大いに落胆する……このコントは、これまでのラーメンズにも見られた“泣けるコント”である。このコントを最初に観た僕は、片桐の立場で泣いていた。未来に対する希望が全て崩れてしまった悲しさが、あまりにも辛かったからだ。ただ、久しぶりにこの公演を見た僕は、小林の立場で泣いていた。30年ぶりに会話した片桐が、自分の存在よりも未来に対する失望のほうが大きかったということを意味する言葉が発せられた瞬間は、本当に泣けた。いずれにしても、泣けるのだ。それにしても、このコント……ところどころでしっかり笑いが起きるのだが、笑いが無いときの空気が、重い。なんとなく、観客が嫌な予感を抱いているからなのだろう、と思う。片桐の失望がだんだんと大きくなっていく流れが、非常に上手く描かれたコントだった。
その次の演目は「路上のギリジン。この公演では唯一、「タカシと父さん」や「怪傑ギリジン」などに登場した、片桐仁全開のコントである。ただ興味深いのは、それまで劇中で演じられたキャラクターとして登場していた過去のキャラクターに対し、この「路上のギリジン」は少なからずリアリティを追求している点があるということだ。特に、お金に関する話題が多い。お金が無いと歌い、ストリートミュージシャンとしてお金を稼ごうとする……実にイヤらしい。おかげでこれまで、ただナンセンスなキャラクターであり続けたギリジンに重みが出る。空気を崩さないようにしようという、小林の思惑が感じられるコントである。終盤、ギリジンが暴れだす展開は、そういった現実に耐えられなくなったコントキャラクターであるが故の行動のようにも思えたりする。深読み。
その次の演目は「採集」。ここはネタバレする可能性が高いため、ストーリーを省略する。この前の公演で披露された「小説家らしき存在」で、ホラーテイストの強いコントを開拓したラーメンズ。この公演が演劇っぽい雰囲気を醸し出しているのは、このコントがあるからではないだろうか。このコントについては、kowai-neta @Wikiに素晴らしい解釈が収録されているので、そちらを参考にしていただきたい。キャラクターの名前が不自然である理由が、よく分かる。
最後の演目は「アトムより」。映画監督のトガシくん(小林)と、その友達ノス(片桐)の会話を描いただけのコントである。ごく普通の他愛の無い会話が交わされているだけのコントなのだが、とある小林の一言によって、空気が一変する。このコントの様に、終盤近辺での会話で一気に雰囲気が変わるコントは、過去のラーメンズのコントにはなかったんじゃないだろうか。このコントを、恐いという人がいるようだ。確かに、オチはある意味で恐い。個人的には、バッテリーの点が恐かった……と、あんまり書くとネタバレになってしまうので、ここも省略する。
この『ATOM』という公演は、ラーメンズ自身が銘打っているように“濃い。”公演である。そして、この公演はラーメンズにとって“濃い。”と思えるような芸風で望んだ公演とも言える。この公演以降、ラーメンズの活動は多角的なものになっていく。ある意味、この公演でラーメンズはやりたいことをやりきったといえるのかもしれない。

「上下関係」「新噺」「アトム」「路上のギリジン」「採集」「アトムより」(収録時間:90分)

*1:公演が2003年に行われたことから推定