菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『ラーメンズ第16回公演「TEXT」』

ラーメンズ第16回公演『TEXT』(Blu-ray)ラーメンズ第16回公演『TEXT』(Blu-ray)
(2009/04/01)
ラーメンズ

商品詳細を見る

美大出身のコント師ラーメンズが結成以来こだわっているもの。それは“言葉”だ。彼らのコントには、最低限の小道具しか用いられない。それ故に、その言葉は強く研ぎ澄まされている。とはいえ、決して言葉数は多くならない。あくまでも必要最低限の言葉を用いて、彼らはその空間を支配する。『日本語学校』『読書対決』など、彼らの代表的なコントの多くが言葉をテーマにしていることからも、そのことが分かる筈だ。

コンビ結成から十年という節目の年を迎えて、最初に行われた単独公演『TEXT』。これまで言葉にこだわり続けてきたラーメンズが、あえてそのこだわりをタイトルで示した本公演は、その名の通り、過去の公演で最も“言葉”に重きを置いたライブとなった。その意味で本公演は、ラーメンズ史上最高の単独公演とも言えるのかもしれない。些か、大袈裟ではあるが。

そんな最高傑作に敬意を示し、今回は本公演で披露された全コントの考察に手を出してみることにした。それらのコントを総括することを、面倒だと思ったわけではない。ただ、一本一本のコントを語りたいと思わせるほどに、本公演には惹き付けられる魅力を感じたというだけの話だ。初見の人のために、それぞれのコントを要約した文も記載した。興味が湧いたなら、観賞してもらいたいと思う。

なお、上記のamazonリンクは「画像があるほうがカッコイイ!」という筆者の思想によってブルーレイ版が紹介されているが、ちゃんとDVD版も同時発売されていることを、ここに記しておく。まったくの余談だが、ラーメンズの単独公演がブルーレイとして発売されたのは、今回が初めてのことだ。ひょっとしたら芸人のライブDVD史上、初の試みなのかもしれない。

『50 on 5』(15分)

story:社長の命によって、教材用五十音ポスターに書かれた単語を新しく書き換えることになったバイトと平社員。ただ書き換えるだけではなく、そこに新しい要素を加えようと画策する。例えば、「五十音に同じ字を加える」「全部、擬音にする」「展開をドラマティックにする」などのアイディアを出し、膨らませていく。ところが、それらのアイディアがまとまり始めたところで、社長がこれまでのデザインのままで良いと言い始めて……。

基本的な形式は「あいうえお作文」のそれと変わらないが、主となっているのはあくまでも「教材用五十音ポスターの単語を考えている二人」という構図だ。つまり、そこで提示されるボケは、特別に個性的なものである必要は無い。重要なのは、オーソドックスな「教材用五十音ポスター」のイメージから、如何に脱しているかということなのだ。その意味で、一つ一つの独立した五十音の言葉に関連性を持たせて、段落ごとにドラマを構築する「ドラマティック五十音ポスター」の流れは、非常に美しく自然な離脱を迎えていると言えるだろう。個人的には、な行とは行で作られたヒッチハイカーのくだりに爆笑させられた。

一方で、このコントではラーメンズの二人が複数の人間を演じている、という点にも注目したい。第11回公演「CHERRY BLOSSOM FRONT 345」で披露された『レストランそれぞれ』と同様の手法である。しかし、『レストランそれぞれ』が「二人でレストランに居合わせた人たちの姿をコミカルに描く」ことに終始した展開だったのに対し、『50 on 5』においてそれは、オチに繋がるトリックのためにこの手法が使用されている。そこで表現されているのは単なる組織批判ではない。何故ならば、彼が果たして本当は何者であるのかということを、このコントは描ききっていないからだ。そこに残されているのは、ほんのちょっとした“謎”だ。この絶妙な後味が、後のコントにも少しだけ影響している。

『同音異義の交錯』(18分)

story:ラーメンズの二人が、それぞれに違ったシチュエーションのコントを演じる。例えば、片桐が「テレビドキュメンタリーに出演している冒険家」を演じれば、小林が「商店街を立て直しを依頼されたプロデューサー」を演じる。それらの全く違った二つのシチュエーションは、まるで無関係であるように見える。しかし、それぞれのシチュエーションの中で行われる会話の節々が、奇妙に符合し始めていく。そんなショートコント。

まったく違った立場にある二人の言動が、奇妙な合致を示す。そのシチュエーションだけを見ると、かつてアンジャッシュが「爆笑オンエアバトル」で披露したコント『それぞれの会話』を思い出さずにはいられない。『それぞれの会話』は、偶然居合わせた二人の男がそれぞれに携帯電話の先にいる相手と会話し始めるのだが、その会話のやりとりが奇妙に符合していくというコントだ。はっきり言って、このコントでラーメンズが表現していることと、基本的には殆ど変わらない。ただ、これは彼らがアンジャッシュのスタイルを単に模倣したことによって、生じた事態というわけではない。

第15回公演「ALICE」で披露されたコントに、『モーフィング』というものがある。ラーメンズの二人が舞台上で一つのシチュエーションを演じているのだが、そのシチュエーションの中である言葉が提示された瞬間、二人がまったく違うシチュエーションを演じ始める……というコントである。ちなみに『モーフィング』とは、コンピューターグラフィックスの手法で<ある物体から別の物体へと自然に変形する映像手法>のことを言う。『同音異義の交錯』は、この『モーフィング』で使われたスタイルの延長線上にあるコントだと言えるのではないだろうか。少なくとも、この二本は同系統にある。

ちなみに、このコントには「言葉の符合」という笑いの形式が明確に出来上がっているため、そのスタイルだけを踏襲しておけば、ある程度自由な設定を用いることが出来るという利点がある。この点を利用しているのが、片桐が「モテたい男」を演じ、小林が「誰にも迷惑をかけない爆弾魔を追う刑事」を演じているバージョンだ。言葉の符合以上に、そのバカバカしいシチュエーションと下らない言葉選びが印象的なショートコントである。以前よりも、下らなさを構築するのが上手くなったように思う。プロデュース舞台公演やソロ公演が、良い意味で影響しているのだろう。

『不透明な会話』(15分)

story:雑談をしている二人の男。一人の男が、もう一人の男に言う。「今から、信号の常識を言葉の上で覆す」。もちろん、もう一人の男は「無理だ」と言う。しかし、男はそれをやってみせる。あっさりと常識を覆されたもう一人の男を見て、男は「お前を論破するのには色すら要らないかもな」と言う。すると、もう一人の男は「俺を操るのを面白がって、「透明人間はいる」とか言い出すなよ?」と口にする。すると、男は……。

おぎやはぎのコントに、『騙されやすい男』というものがある。詐欺師の矢作が、ターゲットの小木を言葉巧みに騙していくというコントだ。小林が片桐を言葉の上で騙していく『不透明な会話』もまた、それと同傾向のコントだと言えるだろう。しかし、明らかに詐欺的であることが観客に伝えられている『騙されやすい男』とは違い、『不透明な会話』はその曖昧な言葉の世界の中へ観客ごと巻き込んでいく。

過去にもラーメンズは、言葉のロジックを取り扱ったコントを少なからず披露してきた。例えば、第14回公演「study」で披露されたコント『金部』における、数字遊びがそれだ。ただ、ロジックが要素として使われてきたこれまでのコントとは違い、『不透明な会話』は、そのロジック自体がコントとして表現されている。勿論、理解できなかったときのために、要所要所にロジックとは無関係なボケを配置してはいるが、非常に挑戦的なコントであると言えるだろう。なお、このコントの最大の見所は、前半で小林が懇切丁寧に積み立ててきた説明を、片桐が微妙に噛み砕いた形に再構築した上で小林を言いくるめてしまうという逆転劇にある。ある意味、片桐の天真爛漫なキャラクターによって助けられているコント、と言えなくもないかもしれない。

『条例』(16分)

story:とある一つのシチュエーション×様々な条例。

ラーメンズが「爆笑オンエアバトル」に出場していた頃に披露したコントで、『日替わりラーメンズ』というものがある。最初に一本のショートコントを披露した後で、そのショートコントと同様の内容のショートコントを、まったく違う相方で演じてみせるというコントだ。最初にテンプレートとなるショートコントを披露し、それから特定の条例に従ったショートコントを披露していくという点で、この『日替わりラーメンズ』と『条例』は、同様の形式を取っていると言える。もちろん、表現されている内容は大きく違うが。

このコントもまた、『同音異義の交錯』と同様に笑いの形式が明確になっているためか、かなり自由に演じている印象を強く受ける。ハリウッド映画を模倣した喋りを見せてみたり、ミュージカルで状況を演じてみたり。かねてよりパロディを扱ったコントを得意としていた彼らが、ある意味で本領発揮していると言えるだろう。

スーパージョッキー(17分)

story:奇抜な衣装に身を包んだジョッキー。スタート直前で勝手にいなくなった馬を探し、ようやく見つけるが、どうにも言うことを聞いてくれない。どうにか馬を出走させようと説得するが、まるで動き出してくれない。そうこうしている間にも、時間はどんどん過ぎていく。

ラーメンズのライブにおいて、小林が黙って座り込み、その横で片桐がドタバタと動き回るスタイルのコントは、定期的に披露されている。過去の公演で披露されたコントを再演した「零の箱式」における『タカシと父さん』を筆頭に、第11回公演「CHERRY BLOSSOM FRONT 345」での『怪傑ギリジン』、第12回公演「ATOM」での『路上のギリジン』、第13回公演「CLASSIC」での『ギリジンツーリスト』が、それに当たる(ちなみに、片桐と小林が役割を入れ替わったコントで『バニー部』(from第15回公演「ALICE」)というものも存在する)。この『スーパージョッキー』も、それらと同系統のコントだ。

ひたすらに無秩序な笑いを振りまいていくのが定例となっている、このギリジンシリーズ。しかし今回のギリジンは「ジョッキー」という職業に就いており、ネタの内容もそのことを意識したものになっているため(基本的に競馬用語で展開している)、以前ほどに無秩序な世界を構築してはいない。逆に言うと、これまでのギリジンシリーズよりも地に足着いた内容になっているということでもある。また、その試行錯誤した言葉遊びっぷりは、今回も健在。ネタの内容はまったく違うが、そのスタイルは鳥居みゆきに似たものを感じさせられる。スタイルだけ。

銀河鉄道の夜のような夜』(22分)

story:活版の仕事に携わっている青年、トキワ。いつも漢字間違いばかりしていて、まるで給料が上がらない。お祭りの日になっても、仕事をしなくちゃいけない。お祭りに出かける友人のカネムラを見送って家に帰ると、いつもは届いている筈の牛乳がない。電話をしても埒が明かないので、直接牛乳屋へ取りに行くことに。その電車の中で、トキワはカネムラと再会する。

タイトルで分かるように、このコントは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を題材としている。なので、コント中にも『銀河鉄道の夜』を髣髴とさせるフレーズが、幾つか散りばめられている。例えば、「活版」。このコントの主要人物トキワも、『銀河鉄道の夜』の主人公ジョバンニも、同様に活版所で働いている。その他、「お祭り」「届けられていない牛乳」「発掘」なども、『銀河鉄道の夜』からの出典だ。これらの言葉は、このコントを従来のラーメンズコントとは少し違った幻想的な雰囲気を生み出す役割を担っている。『50 on 5』の雰囲気作りが、ここで静かに利いてくるわけだ。その他、これまでに彼らが見せてきたコントの全てが、ここに集約されていく。

その中でも目を見張るのは、やはりトキワが鉄道に乗り込んだシーンにおける『同音異義の交錯』を基にした展開だろう。先にも書いたように、『同音異義の交錯』は二つのまったく違ったシチュエーション同士の奇妙な繋がりを描いたコントだ。この手法のまったく逆を行く手法が、このコントでは使用されている。それ自体は、まったく驚くべきことではない。驚くべきは、その手法を笑いのためではなく、切なさを演出するために使用したという点だ。ラーメンズはこのコントで、奇妙な繋がりを提示することで笑いを生み出すのではなく、自然な繋がり同士の切断を提示することで哀愁を生み出したのである。


・本編(108分)

『50 on 5』『同音異義の交錯』『不透明な会話』『条例』『スーパージョッキー』『銀河鉄道の夜のような夜』