菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『アンジャッシュ単独公演「五月晴れ」』+『ラバーガールソロライブ「エマ」』

突然だが、人力舎が好きだ。厳密にいうと、人力舎に所属する芸人が好きだ。芸能事務所としての人力舎は、何処となくマヌケでちょっと安心できない。ただ、そのマヌケなところが、所属している芸人たちにも少なからず影響を与えている気もするので、やっぱり嫌いになれない。むしろ、好きだ。かくして、僕は人力舎が好きである、と断言できるのである。とはいえ、なにも僕だって、この世にオギャーッと生を受けた瞬間から、人力舎が好きだったというわけではない。少なくとも、生まれてすぐさま立ち上がり「天上天下人力舎独尊」と口にしたという話は、母からも父からも聞いていないし、讃岐地方の伝説として語り継がれてもいない。そこにはやはり、プロセスが存在しているのである。

僕が高校生だった頃、即ち、まだお笑いブームが始まるか否かの曖昧な時期のこと。当時、毎回のように視聴していたバラエティ番組『爆笑オンエアバトル』に出場している若手芸人たちの中に、必ず面白いネタを披露している芸人が少なからず存在していることに気がついた。彼らは同番組に出場すると、必ずといっていいほどに爆笑をかっさらっていた。彼らはいずれも東京の芸人で、あまり華やかさは無かったものの、他に類を見ない独特の雰囲気を身に纏っていた。その姿は、まるで「俺たちは地味だけど、腕はあるぜ」と誇っているかのようであった。それからしばらくして、彼らが全員同じ事務所に所属している芸人であることを知った。そう、人力舎である。僕が特に面白いと思った芸人たちは、全員が全員とも人力舎に所属していたのだ。以後、僕は人力舎という芸能事務所に対して、並々ならぬ思い入れを持つようになった。……流石に、人力舎の芸人への愛を暴発させて、彼らの姿を間近に見られる東京の大学に進学するという大それたことはやらなかったが(※そういう方が実際にいるのである。地方でくすぶっている身としては、尊敬の念を抱かずにはいられない)。

当時を述懐するに、僕は人力舎所属の芸人たちに対して、時代を席巻していた吉本興業所属の芸人たちとは違った方向性を感じていたのではないか、と思う。吉本興業に所属する芸人たちは、いずれも“視聴者という名の客”を惹きつける能力に長けている。舞台での活動を重視することで、客を笑わせる方法を身体に染み込ませているからだ。しかし、それはあくまでも吉本興業の舞台を目的としている客を対象としており、その“舞台という名の番組”に入り込めない客は蚊帳の外に追いやられてしまう。そんな吉本アウトサイダーな客を、人力舎の芸人たちは拾い上げてくれたのである。捨てる神あれば拾う神あり、地獄に仏、蜘蛛の糸……といった具合に。

今では、吉本興業よしもとクリエイティブ・エージェンシーと名を改め(?)、様々な層に対応できる芸人たちを輩出するようになった。人力舎も以前に比べてメジャーな芸能事務所となり、人力舎フリークも格段に増えた。だが、あの頃、あの時代、限られた人たちだけが見られる深夜番組で、人力舎の芸人たちに大笑いさせてもらったことは、素敵な思い出として今でも僕の中に残っている。アンタッチャブルが、ドランクドラゴンが、アルファルファ(現:東京03)が、田上よしえが、キングオブコメディが出場する回の『爆笑オンエアバトル』は、本当に楽しみだった。

 

アンジャッシュ単独公演「五月晴れ」(本編89分+特典映像20分)

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(2011/09/07)
児嶋 一哉、渡部 建 他

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今現在、人力舎に所属している芸人たちの大半が、事務所が運営する芸能学校“スクールJCA”卒業生である。その第一期生・児嶋一哉と、第二期生・渡部建で結成されたお笑いコンビが、アンジャッシュだ。彼らは1993年にコンビを結成し、翌年デビューを果たしている。爆笑問題ネプチューンらを輩出した『ボキャブラ天国』にも出演していたが、特にこれといって結果は残していない。その華が開いたのは、1999年に放送を開始した『爆笑オンエアバトル』でのこと。細かなロジックが組み込まれたコントが高く評価され、2003年には同番組の年間チャンピオンの座に輝いた。2013年にはコンビ結成二十周年を迎えるが、今現在もコント師として最前線で活躍している。本作は、そんな彼らにとって八年ぶりとなる単独公演の模様を収めた、ライブDVDだ。

アンジャッシュといえば、とにもかくにも“すれ違いコント”というイメージが強い。そのスタイルで注目されるようになったのだから、当然といえば当然だ。しかし、彼らは“すれ違いコント”ばかりを演じてきたわけではない。『爆笑オンエアバトル』に出場していた頃、彼らは既に様々なフォーマットのコントを開拓していた。それでも“すれ違いコント”のイメージが定着してしまっているのは、そのスタイルが多くの視聴者に大きな衝撃を与えたということなのだろう。それはきっと誇らしいことなのだろうが、観客にスタイルが読まれてしまっていると考えると、彼らにとってそれは決して良いことではないのだろう。

ところが、アンジャッシュは逃げることなく、今現在も“すれ違いコント”を演じ続けている。いや、それどころか、彼らの“すれ違いコント”は以前よりもずっと洗練され、より完成度が増している。本作の二本目に収録されているコント『のぞき』は、まさに“すれ違いコント”のフォーマットを用いたネタなのだが、そのあまりの無駄の無さに度肝を抜いた。聞いたところによると、彼らはこのネタで「キングオブコント2011」準決勝に挑んだという。……このネタで落ちたら、もう何やってもダメなんじゃないだろうか? その一方で、新しいフォーマットを提示したコントも幾つか見られた。中でも印象的なのは、自宅が炎上していることも知らずに後輩と酒を酌み交わしている男の姿を描いた『家が燃えています』と、ある特定のシチュエーションに効果音を加えることでまったく違った印象に変えてしまう『効果音』の二本。普段の考え抜かれたコントとは違い、本当にバカバカしさだけで構成されていて、実に下らなかった。

本作において、中堅クラスとして抜群の安定感を見せながらも、まだまだ面白いコントが作れるんだという挑戦的な姿勢を見せていたアンジャッシュ。次の単独公演がいつになるかは分からないが、その時もきっと、彼らなりに面白いコントを披露してくれるに違いない。……しかし、まさか客演として元ハレルヤ大野が出てくるとは……。

ラバーガールソロライブ「エマ」(本編66分+特典映像25分)

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(2011/10/26)
飛永翼、大水洋介 他

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ラバーガールもまた、多くの人力舎に所属芸人たちと同様、スクールJCAの卒業生だ。青森県生まれの大水洋介と静岡県生まれの飛永翼によって、2001年に結成された。結成当時はボケとツッコミの境目が曖昧なコントを演じていたが、少しずつボケ・ツッコミの役割が明確になっていき、それとともに評価も高まっていった。『爆笑オンエアバトル』には2004年から出場、『オンバト+』に改名された今現在も出場し続けている。

アンジャッシュの“すれ違いコント”と同様に、ラバーガールのコントにもまた黄金のフォーマットとでも呼ぶべきスタイルが存在している。それは、飛永がホスト役となってゲストの大水を迎えるという、いわば“トーク番組コント”とでもいうべきスタイルだ。まあ、ただ単に、大水が一方的に下らない言動を繰り返し、飛永がそれに驚きつつも冷静にツッコミを入れ続けるという、割とよく目にするスタイルではあるのだが。しかし、このスタイルが、ラバーガールの二人とぴったり適合した。以後、この“トーク番組コント”フォーマットは、様々なシチュエーションコントへと置き換えられていった。

ところが、本作を観てみると、そういった類いのコントは殆ど見られない。唯一、飛永が不思議な設定の居酒屋で大水の接客を受ける『忍者居酒屋』がそのスタイルに沿っているといえるのかもしれない(※ラバーガールは「キングオブコント2011」準決勝において、この『忍者居酒屋』を披露したらしい。面白いもんなあ)。が、それ以外は、それぞれまったく違うスタイルのコントばかりだ。

例えば、『バイトを辞めるヤツ』というコントは、バイトを辞める大水が落語好きだという飛永にお別れのプレゼントとして、バイトの休憩室で盗聴した飛永の声を編集して作った『饅頭こわい』の入ったカセットテープを聴かせる……というもの。不気味である。ただただ、不気味である。しかし、こんなコント、今までに観たことがない。この他のコントも、おおよそ似たようなものである。彼女の母親を名乗る女性が娘と別れるようにと迫ってくる『別れなさい』、部活を引退するキャプテンが後輩に色んなものを押し付けてくる『キャプテン』、ある社長へのインタビューから発生した思い出話が次々に混雑化していく『昔、ボクサーを目指していた』などなど……面白いんだけれども、どことなくフザケて作っているのではないかと思わざるを得ないコントばかり。

恐らく、彼らは今、かつての彼らが演じていたコントへと戻ろうとしているのではないだろうか。つまり、フォーマットに捉われることはなかったが、大衆から支持を得ることも出来なかった、あの頃のコントへと。それが正しい選択なのかどうかは、僕にはまだ分からない。また、ソロライブという独特の空間で披露したコントのみを見て、判断出来ることでもない。ただ、言えるのは、以前の彼らに比べて、今の彼らは表現力という観点から大きく成長を遂げているということだ。来年、彼らはどんな笑いを演じ、生み出しているのか。実に興味の湧くライブだった。……最後に余談だが、特典映像の酔っ払い飛永は色んな意味で必見……。

開拓したフォーマットを掘り下げていくアンジャッシュと、開拓したフォーマットから再び元の道(未知?)へと引き戻ろうとしているラバーガール。どちらが正しいということはない。いや、むしろ、どちらも正しいのかもしれない。どちらの道も五里霧中、手探りでゆっくりと先に進む彼らに、いずれ一筋の光が……。

と、そこには鬼ヶ島が待ち構えているというオチが!(ナイナイ)