菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

千原兄弟『マスカ!?』に見る“美談の脆さ”

千原ジュニアといえば、何?

大喜利」と答える人がいるだろう。「すべらない話」と答える人もいるだろう。「そつのない司会」と答える人もいるだろうし、「残念な兄を持つ弟」と答える人もいるだろう。私にとっての千原ジュニアは「コント師」である。彼が手掛けるコントは、とにかく面白い。松本人志の影響を多分に受けていると言われがちなジュニアだが、少なくとも、コントに関しては彼の世界観が完全に形成されているように思う。

しかし、残念なことに、ジュニアのコント師としての側面はあまり語られていない。恐らく、彼がテレビなどのメディアを通じて、コントを披露してきたタイプの芸人ではないからだ。いや、そもそもの問題として、彼が生み出すコントの世界はあまりテレビ向きではない。ジュニアのコントは、例えば「エンタの神様」「爆笑レッドカーペット」などの娯楽番組で放送されているような、見た目に明るくて楽しいコントとは一線を画している。それは、どちらかというと、ディープに人間の性根をえぐるような鋭さを持ったものである。ただ、ジュニアはその鋭さをそのまま提示するのではなく、実に絶妙な見せ方で観客に提示する。だからこそ、それは笑いのネタとして成立する。

千原兄弟のコントに『マスカ!?』というネタがある。

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(2007/01/17)
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『マスカ!?』は、あるカップルが食事を済ませ、彼女がトイレに行っている光景から始まる。残された彼氏(せいじ)が誰かと電話で話をしていると、そこに外国人ウェイター(ジュニア)がやってきて、「こちらお下げしマスカ!?」と大きな声で話しかけてくる。当初、彼氏はそれをテキトーにあしらおうとするが、ウェイターは「ナニ!?」とまたも大きな声で話しかけてくる。仕方が無いので一度電話を切って、はっきりと返事をすることに。しかし、最終的にウェイターは、机の上を片付けながら「ナンカ私悪いみたいになってるヨー!?」と捨て台詞を吐いて立ち去ってしまう。なんだか釈然としない彼氏。と、そこへ彼女が戻ってくる。そして、遠い知り合いの看護婦から聞いたというエピソードを、彼氏に話し始める。

 あるカップルがいたんだって。

 で、そのカップルが、付き合って三ヶ月くらいの時に、デートしてたらさ、バイクで事故っちゃったんだって。

 で、そのバイクの後ろに乗ってた、彼女の方が植物人間みたいになっちゃったんだって。

 で、そのバイクの前で、運転していた彼氏がさ、その彼女に会うために病院に来るんだけど、全然病室に入れてもらえないんだって。

 ていうのもさ、その彼女の親? お父さんとお母さんが、凄い怒っちゃって、「帰れ!」って言って帰らせるんだって。

 でも、彼氏はね、その彼女に一目会うために、毎日毎日病院に来るわけよ。

 でも、結局は帰らされる? そんな日々が四年続いたんだって。四年だよ!?

 でも、ある日、彼女の意識がちょっとだけ戻って、目が覚めたんだって……。

彼女が語るエピソードは、非日常的な事件だ。しかし、それはどこかで聞いたことがあるような、ありきたりなドラマを思わせる。そんな彼女の話を聞いているうちに、彼氏はだんだんとその場景を頭の中に思い浮かべ始める。先程の、失礼な外国人ウェイターの姿と混合させながら……。

この後、『マスカ!?』は衝撃的な展開を見せる。ダジャレのような言い回しになってしまうが、まさしく「まさか」の展開である。それも、単純な「まさか」ではない。観ている人間の常識を壊しかねない、とんでもない「まさか」である。もしかしたら、これを見て気分を害する人もいるかもしれない。だが、私はその後の展開を見て、千原ジュニアのコントにベタ惚れしてしまった。ここまで危うくて、それでいて面白いコントが、過去に存在していただろうか! ……いや、在ったのかもしれないが。しかし、少なくとも、モンティ・パイソンなどの海外のコメディにおける過激な側面だけを持ち上げて、「日本にはこんなコメディはない!」などと言っている人間の口を封じるくらいの効果はあると思う。

このコントで描かれているのは、“美談の脆さ”だ。世の中は、様々な美談で溢れ返っている。素晴らしい行いをした人たちの、語り継がれるべき美しい物語が、そこいら中に転がっている。だが、それらの多くは、微細を描いていない。そこに描かれているのは、余剰を切り取られた美しい物語だけだ。いや、むしろ余剰が切り取られているからこそ、“美談”は美しく見える。このコントにおいて、ジュニアはある美談にあえて巨大な余剰を取り入れることで、美談そのものが成立しなくなる様を描いてみせた。それはそのまま、美談の持つ胡散臭さ、美談の仕立て上げられたフィクション性を批判しているようにも見える……というのは、些か深読みし過ぎかもしれないが。

ちなみに、『マスカ!?』の副音声によると、このコントの原案をジュニアが提出したとき、その場にいた構成作家五人のうち三人が「それはあかん、それは酷過ぎる」と反応したという。それくらいにえぐい。けれども、そのえぐさを凌駕する面白さがある。コント師としての千原ジュニアのネタの中でも、かなり濃密な作品。是非ともご覧いただきたい。