菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

マツモトクラブ『ヒゲメガネ thank you!』(2015年5月27日)

たった一人の芸人が座布団の上に座って複数の人物を演じてみせる“落語”に対し、“一人コント”の多くは一つのネタに対して一人の登場人物だけを演じていることが多い。といっても、他に登場人物が存在しないわけではない。芸人は、自身が演じている人物に、他の人物たちと対話させることで、その存在を表現する。無論、対話といっても、返事などはない。だが、その返事の内容から想定されるリアクションを取ることによって、目に見えない人物が、耳に聞こえない返事をしたことが、観客には伝えられる。一見、それは大変に難しいことのように思える。事実、容易ではない。確かな演技力が無ければ成立しない芸である。だが、あえて観客の無限大の想像力に判断を委ねることで、実際に舞台上で複数の人間がやりとりを重ねているよりも何倍も面白いコントとなる……かもしれない。ならないかもしれない。そこは当人の実力次第だろう。

そんな一人コントの常識を打ち破った(というほど大袈裟な話ではないのかもしれない)のが、陣内智則である。陣内は、一人コントの世界に音声や映像を取り入れることによって、自由度の高いボケの可視化に成功。観客の想像力に委ねることなく、その奔放な笑いを思うままに繰り広げたのである。実際の問題として、想像力を引き立てる笑いは、大きな爆発力を秘めている一方で、観客の脳に対して少なからぬ負担をかけてしまう。しかし、彼の思い描いているボケが全て音声や映像で表現されている陣内智則のコントは、何も考えずに笑うことが出来る。なにせ、見たままが面白いのだから、苦労しない。この手法は画期的であるように思えたが、その一方で、コントの設定を限定していたようにも思う。陣内のコントに登場するのは、オウムやテレビゲームのキャラクターなど、人間以外のなにかしらかの存在だった。人間を出してしまえば、その瞬間から、それは陣内智則のコントではなくなってしまうからだ。一つ一つのボケに対してツッコミを入れる陣内のコントは、かねてより「陣内と映像のコンビによるコント」と評されていた。そこに人間が加われば、どうなってしまうのか。それは、もはや「陣内と誰かのコンビによるコント」である。

で、マツモトクラブが現れる。

マツモトクラブはソニー・ミュージック・アーティスツ所属のお笑い芸人だ。当初は劇団シェイクスピア・シアターの劇団員として活動を開始、『マクベス』『十二夜』『冬物語』などの舞台に出演していたが、2006年に退団。その後、iPhone購入をきっかけに録音と芝居を組み合わせた映像作品をYouTubeで発表するようになり、現在の芸風を見出す。2011年にお笑い芸人としての活動を開始。『R-1ぐらんぷり2015』最終決戦で2位となり、注目を集めるようになる。

マツモトクラブの一人コントは、人間の声を利用したものだ。舞台上には存在しない人間の声を流し、それを受けて、マツモトクラブが何かしらかのリアクションを取ってみせる。一見、それは通常の一人コントに音声を加えているだけのように思えるが……まったくもって、その通りである。これまでは芸人の演技力でフォローされていた他者の言動を、マツモトクラブは安直にも音声を加えることで明確にしてしまっているのだ。とはいえ、それが悪いことなのかというと、必ずしもそうではない。通常の一人コントでは説明的になってしまいがちな他者の言動を、音声を使って明確にすることによって、むしろマツモトクラブの演技はより自然なモノになっている。演技が自然であるからこそ、その世界観の不可思議な側面が浮き彫りになる。演技が自然であるからこそ、ボケとツッコミが明確であるが故に漫才感の強い陣内のコントの様な印象は残らない。偶然に見出したスタイルだというが、実に面白い発見だったといえるだろう。

本作はそんなマツモトクラブのベスト盤だ。

マツモトクラブの出世作ともいえるコント『ストリートミュージシャン』の世界を中心に構成されており、舞台上で彼が演じているコントと、本作のために撮り下ろされた映像コントが交互に展開されている。挑発的で楽しい試みだ。それでいて、決して違和感の残る内容になっていないのだから、たまらない。しっかりと全体のバランスが考えられている証拠だ。バイきんぐといい、オテンキといい、ソニー・ミュージック・アーティスツの芸人は本当に素晴らしい作品を世に送り出してくれる。いつかリリースされるであろう、キャプテン渡辺やウメやや団のDVDも楽しみだ(出さないという選択肢は許さない)

収録されているコントも秀逸の出来だ。ハイテンションな地理教師の授業に対して不穏な空気を醸し出している生徒の思いとは……?『授業』、親子の朗らかなやり取りが息子のとある発言によって一気に猥雑な空気へと陥ってしまう『キャッチボール』、短時間での再来店にも関わらず逐一カードの所持を確認してくるケミカルな店員の接客が鬱陶しい『4丁目のコンビニ』など、どのネタも、マツモトクラブの音声を駆使したスタイルが存分に活かされている。中でも『記念写真』には感動した。牛久大仏をバックに記念写真を撮ってもらおうと、マツモトクラブがカメラを手渡した通りすがりの人がぶつくさこぼしている独り言がメインのコントなのだが、とにかく流れが最高。途中までは、マツモトクラブの言動に対して、この通りすがりの人がツッコミを入れるというスタイルなのだが、ちょっとした出来事をきっかけに状況が一変してしまうのである。このきっかけの仕掛けが、たまらない。実際に起こりがちな事故を上手く取り入れている。これだけでも一見の価値はある。

デビューが遅いマツモトクラブは、来年で40歳になるのだそうだ。だが、その未来は、まだまだ未知数。次回作にも期待したい。


■本編【61分】

ストリートミュージシャン」「3丁目のコンビニ」「♪「時代」」「そば処 三久」「授業」「ハブラシ戦争1」「記念写真」「少年の夢」「キャッチボール」「ハブラシ戦争2」「♪「おとこのこおんなのこ」」「プラットホーム」「あなたが私にくれるもの」「4丁目のコンビニ」「♪「旅立ち」」「ハブラシ戦争3」「エンディング ♪「かえるべき場所」」