菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『中川家の特大寄席』

中川家の特大寄席 [DVD]中川家の特大寄席 [DVD]
(2012/08/22)
中川家

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中川家の特大寄席』を観る。

中川家は1992年に結成された。メンバーは、実の兄弟である中川剛中川礼二。当初は“中川兄弟”というコンビ名で活動していたが、先輩に千原兄弟がいたので現在の名前になった。漫才師としてのポテンシャルが高く評価されており、上方漫才大賞ABCお笑いグランプリ最優秀新人賞、上方お笑い大賞最優秀技能賞など、関西系の賞レースを数多く制覇。2001年には『M-1グランプリ』初代チャンピオンに君臨、お笑いブーム黎明期を代表する漫才師として現在も最前線で活躍している。

本作『中川家の特大寄席』には、2011年に開催された『中川家の特大寄席2011』(ルミネtheよしもと)での模様が収録されている。パッケージには“2012年に芸歴20周年を迎えた中川家の……”と書かれているので、ちょっと紛らわしい。よしもと芸人のDVDを主に手掛けているR&Cは、時々こういう意味の分からないチョンボをやらかすことがある。いつだったか、矢野・兵動の漫才ライブDVDをリリースしたときも、彼らがコンビ結成20周年を目前に控えた2009年に開催されたライブを収録していた。だったら、きっちり20周年を迎えた年のライブを収録した方が、プレミアムな印象を与えるのではないかと思うのだが。DVDをきっかけに、実際のライブを観に来て下さい……ということなんだろうか。

中川家のネタといえば、思い出されるのは随所に挟み込まれる小ネタの数々だ。時々、彼らはそういった小ネタを「モノマネ」と称し、テレビなどで披露している。特に礼二の小ネタの再現度は高く、新幹線のトイレの音といえば礼二であると言っても過言ではない……「新幹線のトイレの音といえば」って、あんまり褒め言葉になっていないか……しかし、あらゆるモノマネ芸に観察眼が必要とされるように、中川家の小ネタも独自の視点で形成されている。では、その視点の基準となっているのは、なんなのか。

本作に収録されている『万引き』というコントを例に挙げてみる。『万引き』は、スーパーの商品を万引きしたおばちゃん(礼二)が、店員(ゲストのとろサーモン村田)と警備員(剛)の取り調べを受ける……という設定のネタだ。その中に、おばちゃんが開き直ってスーパーのセキュリティの甘さに文句をつける場面がある。

おばちゃん「大体、ここのスーパーがあかんねん、盗りやすいわ」

警備員「やっぱり!」

おばちゃん「死角だらけや、死角だらけ」

警備員「あの、表んトコでしょ?」

おばちゃん「そや、表んトコやがな、あれ。陳列が面倒臭いんか、段ボールをなんかわけのわからん切り方しやがって……」

警備員「こう(手で斜めに切る動き)切ってるヤツでしょ?」

おばちゃん「こう(手で斜めに切る動き)切ってあるヤツやがな」

警備員「あれ、言うてるんですけどねえ……置くところがないんですよ」

おばちゃん「置くところがないんかいな。ほな、ほな消防法引っ掛かるがな、そんなんやったら、置くとこないん、道路にまで出てはんで」

警備員「防犯カメラもダミーですもん」

おばちゃん「ダミーかいな!」

店員「警備員さん、それ言うたらあかんで」

こういうことを書くと語弊があるかもしれないが、棚にきちんと陳列せず、表にドンと商品を段ボールに入れたままの状態で売っている店というのは、あまり品が無い印象がある。少なくとも、今時のオシャレでクリーンなスーパーマーケットでは、あんまりそういう陳列を見たことがない。では、そういう店に嫌悪感を覚えるのかというと、そうでもない。むしろ、そういったお店が醸し出す独特の雰囲気に、親しみを感じることさえある。システムを取り込めない、システムに取り込まれないからこそ生じる人間臭さに対する親近感。中川家の小ネタには、そんな人間臭さが埋め込まれているように思う。そして、それは中川家というコンビのネタそのものにも組み込まれている。本作の特典映像において、中川家の二人は自分たちのネタについて次の様に語っている。

礼二「基本はやっぱり、遊びたいねん」

剛「遊びたいねん。だからきっちり作るのが嫌いなんちゃうん。遊びたいねん、舞台で。何か理由つけて、違うことを言いたいんやけど、でも、一本筋が無いと、違うこと言われへんねん。でも、きっちりした筋を作ると、横道逸れられへんやん」

礼二「音とかきっかけとか多かったら」

剛「軽いの作っといたら、はみ出せるやんか。そっちがやりたいから。そっちの方に期待してるお客さんが多くなってきてんねん。きっちりやると「なんや、ちゃんとやってんな」みたいな雰囲気になりつつはあるんや、俺ら(のこと)が好きな人は」

やりたいことをやるための脱システム漫才。そこには、先のスーパーの話と同様に、とてつもない人間臭さが感じられる。しかし、それ故に中川家のネタは、時にとんでもない展開を迎える。本作に収録されているネタでいえば、終盤での剛の延々と繰り広げられない説明の拙さが凄まじい『漫才』、教習所の講師を務める剛のめちゃくちゃさをギリギリのところで無理矢理笑いに変えていく礼二の緊張感溢れるコント『自動車教習所』などがそれだ。結成20周年を間近に控えているとは思えない二人の、とんでもなくエッジの利いたやり取りを楽しめる。ああ、なんという緊張感!

ショートネタブームと呼ばれていたゼロ年代末において、芸人たちはコンパクトでスマートなネタを演じるように強いられていた。お笑いブームが終わってしまったと言われている昨今においても、その傾向は大きくは変わっていない。短い時間で理解できるネタは、テレビに都合が良いからだ。そんな時代において、中川家はひたすらやりたいことをやるためだけに、ネタの時間を必要以上に浪費している。それは決してテレビに向いた選択とはいえない。だが……それは中川家のネタに必要不可欠な要素となっている。長々と、不安定で、不条理で、でも必要。それはまさしく、藝そのものといえるのではないだろうか。


■本編(103分)

「漫才」「モノマネ」「コント「自動車教習所」」「コント「万引き」」「漫才(ゲスト:間寛平)」

■特典映像(25分)

中川家の特大寄席2011メイキング ~兄弟漫才師・中川家のネタができるまで~」