菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『かもめんたる単独ライブ「下品なクチバシ」』

例えば、私たちは私たちが生まれてくるために、父親と母親が性行為を重ねたという事実を日頃は意識しないようにしている。不快であるからだ。この世に生を受けてから自我が芽生えるまでの間に、私たちは彼らが保護者であると認識する。彼らは私たちに食事を与え、教育を施し、一人前の人間に育て上げる義務が与えられている。その絶対的な関係には、私的な欲望が存在しない。両者を繋ぎ止めているのは、陳腐な言い回しになってしまうが、愛でしかないのだ。だからこそ、その根本に性に対する欲望があり、淫らで猥褻な重なりが生じていたことが分かると、それが当然の出来事であったと認識していたとしても、少なからず不快感が生じてしまう。

かもめんたるのコントにも、同様の不快感が生じている。

かつて「女の下ネタは笑えない」という通説が存在した。男が性器を露出したり猥雑なことを口にしたりしても笑いに昇華できるが、女が同様のことをしても笑いにはならない。後に、この意見は森三中友近の台頭によって完全に否定されることになるのだが(最近では、相席スタートの山崎ケイが興味深い活躍を見せている)、では、どうしてそれまで女性の下ネタは笑えなかったのか。思うに、それが男性の下ネタの模倣でしかなかったためではないだろうか。男性の下ネタはあくまでも男性が笑わせるための下ネタであって、その手法をそのまま女性が取り入れようとしても、それは単なる愚劣な猿真似にしかならない。その中途半端さの隙間から漏れ出した性的な生々しさが、笑いをかき消してしまったのではないだろうか。

……回りくどい話になってきたが、とどのつまりは「ある種の生々しさは笑いになりにくい」ということを言いたいわけである。本来、笑いとは日常の雑念から心を解脱させるものであり、故に、否が応でも日常の雑念を想起させる生々しさは笑いに繋がりにくい。しかし、かもめんたるはあえて、その生々しさに直面する。観る者が不快感を覚え、不安になり、時に苛立ちさえ呼び起こしかねないほどのグロテスクを、あえて誇張する。何故か。恐らく、彼らは創作が、コントがグロテスクな現実を超えると信じているのだ。

かもめんたるが2014年2月28日から3月2日にかけて新宿シアターサンモールで開催した第15回単独ライブ『下品なクチバシ』は、とある愛の物語を綴った舞台である。

「下品なクチバシ……」

「えっ? どうしたの、あなた」

「今、ふと頭に浮かんできたんだよ」

そんな、ある一組の夫婦の会話で幕を開ける本作。落ち着いた口調で他愛のない話を展開する夫と、彼にそっと寄り添う妻のやりとりは、まるで理想的な夫婦のようだ。だが、妻がある事実について触れた途端、夫は態度を一変させる。先程まで、いかにもしっかりとした大人であるように振る舞っていた彼は、ろくでなしのダメ人間としか思えない発言を繰り広げる。そのあまりのギャップに、観客は笑い声をあげる。だが、その人間の小ささが露呈されていくにつれて、少しずつ笑い声が小さくなっていく。『とある夫婦の夜』は、そんなどうしようもない夫の姿を描いたコントだ。

その後は、まったく関連性のないコントが展開される。悩みを抱えている後輩の相談に乗るために居酒屋に誘った先輩に奥さんからの電話がかかってきて……『相談』、家電量販店で電気シェーバーを購入した客が再び店を訪れて当時対応してくれた店員に「あの電気シェーバーを無くしました」と告白する『始まりは電気シェーバー』、優秀なお手伝いロボット・アルフレッドが抱いていた密かな野望とは『バージンロボット』など、どのコントも彼らならではの不気味な視点と発想が光っている。喫茶店を訪れた才能溢れる若者にウェイターが翻弄される『I 脳 YOU』は、いくつかのネタ番組で演じられているので、観たことがある人も少なくないのではないだろうか。

しかし、最後のコント『ちょっと長い結びのコント』が始まると、それらの関連性のないように見えたコントの数々が、この最後のコントに繋がっていることが分かる。とはいえ、それは「あのコントに登場したキャラクターが再び登場する」というような、三木聡的な演出ではない。それぞれのコントで掲げられていたテーマの一つ一つが、最後のコントを描くために必要な補助として浮き上がってくるのである。それはまさに、料理のフルコースだ。前菜、スープ、魚料理、肉料理はそれぞれの役目をしっかりと果たしているが、全てはメインディッシュに至るまでの道程なのである。

その果てには、グロテスクな愛がある。

ところで、かもめんたるの単独を見ていると、いつもパブリックイメージとのギャップに驚かされる。恐らく、一般的に彼らは、冷酷でアウトローなイメージを抱かれているのではないかと思われる(特にう大はそういうタイプのキャラクターを演じることが多い)。だが、こと単独ライブとなると、普段の表情からは見えてこない激しい熱情が垣間見られる。こういう側面がもっと多くの人に知られるところとなれば、彼らの単独ライブが地方でも開催されるようになってくれるのではないだろうか。地方民として、どうか頑張ってもらいたいところである。


■本編【78分】

「とある夫婦の夜」「相談」「始まりは電気シェーバー」「声。」「バージンロボット」「I 脳 YOU.」「全ての女優に幸あれ!」「ちょっと長い結びのコント」

■特典映像【16分】

ライブで放映した幕間映像を六本収録