菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『テンダラー BEST MANZAI HITS!? ~THIS IS TEN DOLLAR~』(2015年2月4日)

フジテレビ系列の特番『ENGEIグランドスラム』が人気だ。バラエティの第一線で活躍している漫才師・コント師ピン芸人を集めて、自身のネタを存分に演じてもらうというベーシックな演芸番組にも関わらず、高視聴率を記録し、既に今年三度目の放送が決定している。これはなかなか興味深い現象ではないだろうか。ビートたけしが演芸場の支配人となって個人的に注目している芸人たちを集めた『北野演芸館』や、選挙管理委員長である有吉弘行が独断でお笑い大統領を決定する『速報!有吉のお笑い大統領選挙』など、ゼロ年代のお笑いブームが過ぎ去ってしまった2010年以降も、芸人たちがネタを披露する番組は少なからず残っていた。それなのに、どうして『ENGEIグランドスラム』だけが、それらの番組よりも突出して注目を集めているのか。

その大きな要因となっているのは、番組の顔の不在にあるのではないだろうか。先に挙げた番組は、いずれもカリスマ的な存在感を放っている芸人が中心に鎮座している。恐らくは、ただ芸人たちがネタを演じるだけでは成立しないと考えての配慮なのだろうが、それが結果として、観客(視聴者)と演者の距離を引き離してしまっている。彼らがネタを見せている相手が、テレビを見ている一般人ではなく、番組の顔であるビートたけしであり有吉弘行であるように見えるからだ。無論、そういった番組を、全て否定するつもりではない。とはいえ、ブラック企業パワハラなど、上からの重圧が叫ばれている昨今の風潮を思えば、その緊張感を僅かでもテレビバラエティの中で目にするのはウンザリするだろうことは容易に想像できる。

だが、『ENGEIグランドスラム』には、番組の顔が存在しない。司会進行役を務めているナインティナインも、時に数々のバラエティ番組を経て培ってきたコメント力を見せることはあるものの、余計なところまで踏み込まない。その適度な距離感が、演者も司会もあくまで同じ目線でステージに立っている出演者に過ぎないことを感じさせてくれる。そこで演じられているネタが、ちゃんと視聴者に向けられているものだと分からせてくれる。だから、心地良い。『ENGEIグランドスラム』の成功は、いわばテレビが芸人のネタの力を信用したからこそ成し得た信頼の証といえるのかもしれない。

ところで、『ENGEIグランドスラム』が成功した理由が、もう一つ思い当たる。『M-1グランプリ』だ。結成10年以下の漫才師だけが出場できる『M-1グランプリ』は、いわば若手漫才師の登龍門だった。優勝賞金である1000万円も魅力的だったが、なにより現役で活躍するベテラン芸人にネタを見てもらえ、評価されることが非常に大きかった。数多くの芸人が大会に挑み、その大半が散った。中には、『M-1グランプリ』で結果が残せなかったからという理由で、コンビを解散してしまう漫才師もいた。ゼロ年代を生きていた漫才師にとって、『M-1グランプリ』はまるで聖典の様に絶対的な存在だった。

しかし、彼らの思いとは裏腹に、『M-1グランプリ』の評価は回を増すごとに下がっていた。原因は、予選審査の方針である。初期の『M-1グランプリ』において、決勝戦に駒を進める漫才師は、中川家ますだおかだフットボールアワーハリガネロックアメリカザリガニ……などなど、いわゆる実力派と呼ばれていた芸人たちだった。しかし、大会のルール上、彼らが優勝の是非とは関係なく、強制的に出場できない状態になっていくにつれて、大会は個性的な漫才師を取りそろえる見本市と化していった。先鋭的な漫才師を評価していたといえば聞こえはいいが……。視聴者は、純粋に、ただ純粋に、面白い漫才が見たかったのである。そんな視聴者の意思が、M-1の後継である『THE MANZAI』を経て、『ENGEIグランドスラム』でカタチになったとはいえないだろうか。

テンダラーは、いわばその中継を担った漫才師だ。

 

テンダラーよしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いコンビである。白川悟実浜本広晃によって1994年に結成された。漫才もコントも器用にこなせる両刀使いで、若手芸人の登龍門『爆笑オンエアバトル』において漫才でもコントでもオーバー500(支持率9割以上)を記録した経験がある。しかし、いわゆる賞レースとは縁遠く、過去に勝ち得た賞は「第1回よしもとお笑いワールドグランプリ」での優勝のみ。やがて、二人は関西では知られた存在となっていったが、全国的な知名度を得る機会が与えられることはなかった。

そんな二人にチャンスが訪れたのは、2011年のこと。2010年に終了した『M-1グランプリ』に成り代わって開催された『THE MANZAI 2011』において、彼らは決勝戦へと駒を進めることが出来たのである。決勝戦での結果は決して芳しいものとはいえなかったが、大会最高顧問を務めるビートたけしは彼らの漫才を高く評価した。その時、テンダラーの二人が演じたネタは『必殺仕事人』。テレビドラマ『必殺仕事人』における悪人を成敗するシーンだけで何パターンものボケを繰り出すという、とことんシンプルな手法の漫才だった。このテンダラーの漫才に対するたけしの評価が、発想の独自性や前衛性ではなく、さり気ない技術でしっかりと観客を笑わせる漫才を評価する流れを作り、昨年の博多華丸・大吉優勝という結末を導いたのではないか……と、私は思うのだが、どうだろう。

本作には、テンダラーが2013年2月17日になんばグランド花月で開催した単独ライブの模様が収められている。

オープニングでは、浜本が白川じゃない芸人と漫才を始めたり、何の脈絡も無く浜本がキレッキレの激しいダンスで観客を魅了したり、何も入っていない箱の中から白川が飛び出したりと小粋でファニーなパフォーマンスでステージを盛り上げているが、収録されているネタは全てれっきとした漫才だ。浜本の軽妙なキャラクターが冴え渡ったボケに対して、それをしっかりと受け止める白川の安定感あるツッコミが見事に絡み合っている。

ホテルのフロントと客のやりとりの中にさりげなく「節電」「橋下市長」と当時の大阪の時勢を思わせるワードが組み込まれた『ホテル』、甲子園球場でデートするカップルの和やかな会話に阪神タイガース関連の小ネタを散りばめた『野球観戦』、唯一のエコノミー客である白川がスチュワーデスから不当な扱いを受け続ける『飛行機』など、どのネタも非常に面白い。とりわけ、先述の『必殺仕事人』と同じフォーマットで作られた『男の絆』は白眉の出来。敵の組に捕まってしまった弟分を助けるために単身乗り込んでくる兄貴……そんな任侠映画の世界を、印象的なテーマ曲とともにハイテンポで繰り広げていく姿はまさしく圧巻だった。……余談だが、本編の鑑賞中、コント中に浜本がテーマ曲を口にすることで台詞を喋れない状態になってしまうため、その感情表現を動きだけで表現しなくてはならないので、その分だけ妙に不敵な印象を与えることに気が付いた。これがコントのキャラクターに良い演出となって活かされている……ように思う。

だが、本作の一番の見どころは、むしろ特典映像に収録されているアメリカライブ密着ドキュメントだろう。その名も【プロジェクトⅩ(テン)】。一見すると、NHKの有名ドキュメンタリー番組の単なるパロディに見えるが(そして実際にパロディではあるのだが)、内容は至ってマジメ。テンダラーの二人が英会話スクールに通い始める場面に始まり、“ドルの国”アメリカへ飛び、様々な場所での漫才ライブを経て、ロサンゼルスのザ・ハドソンシアターの舞台に立つまでの様子が撮影されている。収録時間の都合だろうか、やや短くカットされているように感じられる箇所も幾つか見られたが、とても充実した内容になっていた。アメリカで披露された拙い英語漫才も含め、どうぞ確認して頂きたい。

……ところで、2015年2月にリリースされた本作に収録されているライブ映像が2013年2月のモノっていうのは、ちょっとどうなんだろうと思わなくもない。それでいて、アメリカでの漫才ライブが敢行されたのは2014年の11月で、もう時系列が開き過ぎだ。芸のバランスという意味でも、そこはもうちょっとどうにか出来なかったのか……。


■本編【67分】

「オープニング漫才」「ホテル」「野球観戦」「田舎に泊まろう」「ヒーロー」「飛行機」「除霊」「男の絆」

■特典映像【81分】

「アメリカライブ密着ドキュメント「プロジェクトⅩ」」

「コント『居酒屋』」(2013年2月17日NGK公演より)

「コント『OSAKA LADY』」(撮りおろし)