菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

笑魂!『逆ギレ』(ザブングル)

逆ギレ [DVD]

逆ギレ [DVD]

 21世紀に入ってから盛り上がっていったお笑いブームの中で、注目された様々なスタイルの一つ、“キレ芸”M-1グランプリではアンタッチャブルブラックマヨネーズのような、怒りを相方に全力でぶつけるスタイルの漫才が高く評価された。いや、それは演芸の世界に限ったことでもなかった。バラエティでも、カンニングが売れない芸人としての悲哀と絶望を余すことなく、視聴者や観客、出演者に撒き散らかしていた。人間同士が素直に感情をぶつけあうことの出来ない時代に、そういうスタイルが評価されたという事実は、なんだか興味深い。ただ、そんな彼らもバラエティ番組に出演するたび、そのキレる回数を減らしていた。時はトーク番組全盛期である。キレ続けていては、お話にならないのだ(二つの意味で)。そんなわけで、キレる芸風というのはだんだんと消えていってしまった。そうなると当然、そのポジションが空く。これは好都合……といった感じに、その席を狙う芸人たち。さて、どの芸人がキレ芸の席に座ることが出来るのか……といった時期に、少しずつバラエティへの露出を増やしていたコンビが、ザブングルだった。
ザブングルは1999年に結成された、片桐はいりの顔を濃縮した感じの顔をした加藤歩と、『どんど晴れ』に出演している東幹久から華を抜いたみたいな顔をしている松尾陽介によるコンビだ。主にコントを披露するコンビだけれど、ここ数年は漫才を披露し、評価されている*1。しかし何より、ザブングルの特筆すべき点は、やはり先述した加藤歩の顔だろう。とにかく、凄まじい。エレキコミックのやつい、バナナマンの日村といった変顔芸人たちの顔を跳ね除けるインパクトがある。恐らく、ビジュアル的な要素以前に人間の心底に迫ってくる、そういう心理的要素を含んでいるからではないか、と思う。勝手な妄想だけど。当人たちもそれを自覚しているためか、彼らのネタの多くは加藤の顔面を強調したものだ。特に怒り顔の強烈さに自信があるのか、ネタの中で加藤はよくキレる。そのキレかたの大半が、逆ギレだ。その理不尽さが、また加藤のキャラクターに合う。テレビなどで頻繁に見られる「くやしいです!」というギャグは、加藤の表情でなくては成り立たないと言っても過言ではない。かもしれない。
とはいえ、ネタ自体を疎かにしているわけではない。例えば、このDVDに収録されている『自転車泥棒』というネタは、その設定がなかなかに秀逸だ。『自転車泥棒』は、加藤が自転車泥棒をしていると、そこに自転車の持ち主である松尾が現れて、二人が言い合いになるというコントなのだが、この自転車泥棒という設定が実に秀逸だ。万引きだと犯罪としての面が前に出すぎてしまうし、器物破損ではバイオレンスな面が出すぎてしまう(同DVD収録コント『スクラッチカード』は、この面が強かった)。自転車泥棒という、しょっぱいけれども間違いなく犯罪である行為だからこそ、加藤の逆ギレがより活かされる。上手い設定を見つけたなあ、と感心させられた。
で、こっからはDVD自体の感想を書く。とりあえず、笑魂シリーズということで、価格は1,500円(税込)。やはり、お笑いのDVDでこの価格というのは、嬉しい。それでいて、収録時間は『笑ビ!』『笑殺者』などのシリーズと大して変わらないというのだから、更に嬉しい……って、今更の話か。肝心の内容は、舞台用のネタを五本と、ロケ映像を三本(うち一本は特典映像)という、なかなか充実したもの。各コントの出来もなかなかで、保存版と呼ぶに相応しいものだったと思う。ただ、ネタ中にどうしても気になったことが、一つ。それは、客の笑い声が全く無かったこと。恐らく、客を入れていない状態でのネタ収録だったと思うのだけれど、意味が分からない。ザブングルのネタは強烈さが売りだから、客の声が無くても問題は無かったけれど、これはどうも気になってしまった(ちなみに、過去の笑魂シリーズ・今回の笑魂シリーズにおいて、客の笑いが入っていないのはこのDVDのみ)。それを除けば、満点の出来だったと思う。
最後に余談だが、僕個人としては加藤さんの顔はキレ顔やくやし顔よりも、イキったときの顔のほうが面白いのではないかと思う。DVDに収録されている『マシュマロキャッチ』というロケ映像の冒頭で、投げつけられるマシュマロを口でキャッチした後の、加藤さんのイキった表情は神がかり的だった。あれを確認するだけでも、このDVDの価値はあると思う。いや、本当に……凄いから。

・収録内容
『漫才』『カッチカチ!(ロケ)』『親友』『スクラッチカード』『企画会議』『マシュマロキャッチ(ロケ)』『自転車泥棒』
・特典映像
『あっち向いてホイでKISS(ロケ)』
・収録時間:29分+特典映像12分

*1:M-1グランプリ2004〜2006までの準決勝に進出し続けている