菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『関根勤の妄想力 南へ』

関根勤の妄想力 南へ [DVD]関根勤の妄想力 南へ [DVD]
(2009/04/15)
関根勤

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古今東西森羅万象、世の中に存在する事物は常に変化し続けている。例えば、私という存在は常に私という存在としての形を保ったままだということは、有り得ない。私の肉体は常に新陳代謝をもって変化し続けているし、思想も日々の有様と共に変化する。時間と環境が存在する限り、この世に変化しないものなど存在しえないのだ。

とはいえ、これまでに慣れ親しんできた事物に大きな変化が生じると、その変化に違和感を覚えずにいられないのもまた、生命体としての運命である。例えば、長年連れ添ってきた愚妻が、突然にナイスバディな良妻賢母に変身していたとしても、その状況に適応するまでには多大な時間が必要となるだろう。それどころか、かつての愚妻が懐かしくなってしまったりするんだから、不思議なものである。

それを踏まえた上で、『関根勤の妄想力 南へ』の話をする。これまで、日本を代表する妄想格闘家“関根勤”が生み出してきた、ありとあらゆる様々な妄想を淡々と映像化し続けてきた『関根勤の妄想力』シリーズ。今回の『南へ』は、同シリーズの最新作であるが、その形式はこれまでの『関根勤の妄想力』における形式とは大きく異なっており、関根氏の妄想を愛好し続けてきた私にとって、それは非常に納得のいかない作品だった。

まず驚いたのが、関根氏の妄想が素晴らしいものであるかのように持ち上げているナレーションが映像に加わったという点である。勿論、関根氏の妄想は素晴らしいものであることは疑いようの無い事実ではあるのだが、それを積極的に作品自体が主張するという行為は無粋以外の何物でもなく、DVD作品としての質を大きく落としていた。恐らく、このシリーズは僕が思っている以上に人気があり、今回のナレーション追加はその人気の影響を反映したものなのだろう。しかし、それにしても……余計なことをしてくれたものである。

また、今回初めて加えられた「どこでもいきなり妄想」も、思っていた以上に物足りないというか、演出不足な感の否めない内容で、その存在に少なからず疑問を覚えた。関根氏の妄想を日常の中で聞き出すというシステム自体は悪くないのだが、スタッフが日常を送っている関根氏の前に唐突に現れ、その場で妄想してもらおうというドッキリ的な演出は、先のナレーションと同様、とても無粋に感じさせられた。日常の関根氏に妄想をしてもらうのならば、一日密着取材を試みて、関根氏が自然に思いついた妄想を語ってもらうという演出にした方が、より妄想の面白味を感じさせる内容に出来たのではないかと思う。どうも今回の作品、全体的に無粋である。前作までの職人的淡白さは、一体何処へ行ったのだろう。まあ、そもそも個人で楽しむべき妄想を映像化するということ自体、無粋な行為だったと言えるのかもしれないが……。

肝心の関根氏の妄想については、相変わらず安定した面白さを発揮していた。例えば、棒高跳びの金メダリストであるイシンバエワ選手と恋人関係になるためにはどうすれば良いのかという妄想を、関根氏は今作で繰り広げている。どうして棒高跳び。どうしてイシンバエワ。どうして恋人関係。というか、五十過ぎのオッサンが何を考えているんだ。色々な疑問が頭を過ぎっていくが、そんなことはどうでも良い。これはあくまでも妄想だ。妄想は自由である。フリーダムである。何者も、妄想の前には平伏すことしか出来ないのである。中でも強烈だったのが、『制作費無制限で映画を撮るなら』。関根勤がどういうタイプの男性を愛しているのかがよく分かる妄想で、実に興味深かった。……それ故に、今回の演出に対する大きな変更は、非常に残念だった。

これまでのスタイルを捨てて、新しいスタイルへの飛翔を目指す。その様は美しいとも言えるが、同時に無謀であるとも言える。今回の演出をどう捉えるべきかは人それぞれの感性によって大きく変わるとは思うが、僕には無謀であったように見えた。この無謀さを、果たして『北へ』で取り返すことが出来るのか。小さな期待と大きな不安を抱きつつ、待とうと思う。六月十七日発売予定。

追記。詳細を某サイトで確認したところによると、『北へ』は公開イベントを中心に収録した内容になっているとのこと。……観る前から否定するという行為が、どのような批評よりも無粋で最悪な行為であるということは理解しているつもりだが……これはどうなんだろうか。少なくとも、僕が愛した『関根勤の妄想力』とはまったく違っている。その変化に、僕は耐えられるのだろうか……不安だ。


・本編(76分)

○どこでもいきなり妄想

○本妄想

棒高跳び金メダリスト・イシンバエワ選手の彼』『関根勤をプロゴルファーにする方法』『蚊になったら』『フィギュアスケートの浅田姉妹の事で』『制作費無制限で映画を撮るなら』

・特典妄想(25分)

『妄ソング♪レコーディング風景』