菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『TAKE OFF ~ライト三兄弟~』

KKP#5『TAKEOFF ~ライト三兄弟~』KKP#5『TAKEOFF ~ライト三兄弟~』
(2008/08/20)
小林賢太郎

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 ラーメンズが結成されて、十二年。それを“もう十二年”と捉えられるか、“まだ十二年”と捉えられるか。ラーメンズをあまり知らない人には、前者の様に捉える人間が多いだろう。逆に、ラーメンズをよく知っている人間には、後者の様に捉える人が多いだろう。そう。ラーメンズが結成されて、まだ十二年しか経っていない。それなのに、どうしてこんなにも完成されているのだろう。小林賢太郎プロデュース、通称“KKP”による『TAKE OFF ~ライト三兄弟~』は、とても完成された舞台公演だった。

 この物語には、三人の男性が登場する。自分探しの旅を続けている二十代の青年、アビル(オレンヂ)。仕事に悩んでいる三十代の飛行機オタク、シノヅカ(小林賢太郎)。家族に家を出て行かれてしまった四十代の大工、オリベ(久ヶ沢徹)。何の関係性も無かった彼らは偶然にも出会い、ふとしたきっかけで一台の飛行機を作り上げることになる。その飛行機とは、ライト兄弟による(と思われる)幻の設計図を基にしたもの。果たして、三人の飛行機は無事に空を飛ぶことが出来るのか。

 今回の公演を観て、なんとなく思ったことがある。ひょっとしたら、この『TAKE OFF ~ライト三兄弟~』は、KKP第三回公演『PAPER RUNNER』で小林が表現しきれなかったことに対する、リベンジ戦だったのではないだろうか、と。

『PAPER RUNNER』は、一人の漫画家志望と五人の編集者が繰り広げるドタバタ劇だ。漫画家志望の青年を安田ユーシが演じ、彼を見守る編集者の面々を過去の公演に出演しているお馴染みのメンバーが演じている。漫画家志望の葛藤、バイト編集者の複雑な心境、編集者たちの揺れる心……色々な味のキャンディが入ったドロップの様に、この舞台には多種多様な設定が組み込まれていた。その結果、主軸となるストーリーが不明瞭になり、公演としての完成度は決して高いとは言えないものになってしまった。

 これは完全に想像だが、この『PAPER RUNNER』で小林が見定めた場所は、彼の実力よりもずっと高みだったのだろう。これまでの公演に登場したキャラクターの性質を更に濃厚にし、これまでの公演よりも大量の小道具を盛り込み、これまでの公演よりも背景を複雑に描き……結果、全てが半端で曖昧なものになってしまっていた。それらの要素を、一つずつ引き抜いていくと、見えてくるものがある。それは、漫画家と編集者の、漫画に対する熱いロマンだ。

 本公演では、それらの多すぎる要素が徹底的に削ぎ落とされた。総勢七名の出演者は三名まで絞られた。同時に、複雑な関係性はシンプルになった。ストーリーの主軸も明瞭になり、とことん分かりやすくなった。そして熱いロマンは、漫画から飛行機へと置き換えられた。……そうして、この完璧な公演『TAKE OFF ~ライト三兄弟~』は誕生したのではないだろうか、と思うのである。

 くどいようだが、この公演は本当に完璧だった。登場人物、ストーリー、演出、ギャグに至るまで、完璧だった。ただ、完璧であるが故に、不満に感じた点もあった。それは、三人が飛行機を完成させるまでの行程部分を、STOMPの様な演出で省略したという点だ。確かにストーリーの構成上、この場面を省略しても問題は無い。問題は無いが、その隙間に違和感を覚える。完璧だからこそ、その完璧さを遊ばせる要素が欲しくなる。

 ……そんなことを考えていると、あの男のことを思い出してしまった。ラーメンズ結成以来、常に小林のパートナーとして舞台に妙な色をもたらしていた、あの男。あの男の存在の様な要素が、この公演には足りないのだ。彼のいない舞台で、如何に彼の様な逸脱を演出できるか。それが、今後の小林の課題になっていくだろう。たぶん。


・本編(102分)