菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『上下関係』(from「ATOM」)

ラーメンズ第12回公演「ATOM」 [VHS]

ラーメンズ第12回公演「ATOM」 [VHS]

 今更、僕が文章にして発表することではないと思うけれど、人間は誰しも何かしらの仮面を被って生活している。その仮面を被ることを望んでいたのか、望んでいなかったのかは大した問題じゃない。誰だって、意識しないうちに仮面を被ってしまうものなのだ。近所では清廉潔白で通っている人間が、インターネットのイニシャルな世界では傍若無人に変貌する……というのは、ザラにある話である。
 このコントにおいて、片桐が演じている“上の立場の人間”もまた仮面を被っている人間の一人だ。コントの冒頭から、“上の立場の人間”は次のように自らを賞賛し、断言している。

片桐「俺! 完全! かつ! かっこいい! かつ! 金持ち! かつ! 人間ができている!」

 だが、実際の“上の立場の人間”は、この言葉通りの人間ではない。小林が演じている“下の立場の人間”の凄さと自らの凄さを比較し、そこから起こりうる評価の低下を恐れ、更に強固な仮面を作り上げていくような、他人の目を気にする人間の小さな男だ(まあ、そもそも自分で自らを「完全!」と断言している時点で、人間の小ささを露呈しているようにも思えるが)。
 そういった“上の立場の人間”のことを、“下の立場の人間”はひたすら立て続ける。“上の立場の人間”が自分よりも実力が劣っていると分かっても、決して“上の立場の人間”を咎めようとも攻めようともせず、遠慮し続ける。
 ところが、そんな“下の立場の人間”の態度が、余計に“上の立場の人間”を必死にさせる。“下の立場の人間”の謙虚さが、彼の「人間の出来ている感じ」を更に誇張させてしまうからだ。“上の立場の人間”の心は、どんどん“下の立場の人間”に対抗心で燃え上がっていく。

片桐「負けねえからな!」
小林「は?」
片桐「お前なんかに負けねえからな!
小林「何言ってるんですか。当たり前ですよ。こんな末端の僕のことなんて、気にしないでください」
片桐「こんどは謙虚攻撃か!」
小林「はい?」

 こうして追い込まれていった“上の立場の人間”は、最終的に“下の立場の人間”へと実権を委ねてしまう。この瞬間、“上の立場の人間”は自らの仮面を取り外し、本来の顔を見せる。

片桐「……もういいよ」
小林「え?」
片桐「もうやめるよ。リーダーはもう引退だ」
小林「そんな」
片桐「俺は、不完全だ。いや、不完全燃焼だ。いや、不謹慎だ。いや、不道徳だ。いや、不衛生だ。お前は完全だよ。お前みたいに人間ができてるやつが、リーダーをやるべきなんだよ」

 こうして、物語は無事にハッピーエンドで迎えることになる……と思いきや、思わぬエンディングがそこにやってくる。そのオチを書き記すことは些か野暮であるように思うのでしないが、ただ言えることは、人間は誰しも何かしらの仮面を被って生活している、ということである。
 ちなみに、これ以前のラーメンズのコントにはこういうエンディングを迎える作品は少なく、オープニングコントである本作は、「ATOM」がこれまでの公演とは一線を画した公演であることを匂わせていると言えるかもしれない。