菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『コイツ』

千原兄弟コントライブ「15弱」千原兄弟コントライブ「15弱」
(2007/01/17)
千原兄弟

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『コイツ』と呼ばれる人というのは、どういうタイプの人間なのか。少なくとも、目上の人に使われる言葉ではない。どっちかというと目下の、それも、なにかしらの圧倒的な差が見られる人間に対して使われることの多い言葉だ。ただ、まったくの他人に対して使われる言葉ではない。そこには何かしらの“関係”が存在する。例えば、親と子だったり、教師と生徒だったり、飼い主とペットだったり……。

 このコントに登場する二人の関係は、老刑事千原ジュニア)と若手刑事千原せいじ)だ。年上に対して敬意を表する、という思想が絶対では無いものになってしまった昨今だが、この若手刑事は老刑事のことを深く慕っているようだ。若手刑事は、それ相応の何かを、老刑事から得たということなのだろう。老刑事はパソコンを前に、頭を抱えている。押収物リストのデータをパソコンに打ち込まなくてはならないのだが、慣れないキーボード操作に手間取っているのだ。家には娘の夫が買ってくれたというパソコンがあるにはあるが、たまに調べ物をする程度で、殆どホコリを被っているよ、と愚痴りながら、淡々とキーボートを叩いている。その様子を見かねた若手刑事は、老刑事からリストを取り上げ、それを読み上げる。そうすることで、老刑事の負担を少しでも軽くしようということなのだろう。

 こうして、若手刑事が押収物リストを読み上げ、老刑事がそれをパソコンに打ち込むという一連の流れが生まれる。この流れが今後、非常に重要な役割を果たすことになるのだが、もちろん、観客は気付いていない。ちなみに、この時点で笑いは殆ど生まれていない。つまり、ここまではあくまでも下ごしらえであり、ここからが本番だ、ということである。

(以下、ネタバレ注意)

 若手刑事は、次々に押収物の名前を読み上げていく。一つ目は「ハンドバッグ」。慣れないキーボード操作で、老刑事はゆっくりと“ハンドバッグ”を打ち込む。その次は「携帯電話」。その次は「サングラス」。その次は「トレーナー」……押収物の名前を、一つ一つ確かに打ち込んでいく。ところが、次の押収物の名前が出た途端、異変が起きる。老刑事のタイプが、急激に速くなるのだ。その押収物の名前は、「ブラジャー」。その瞬間、若手刑事は僅かに狼狽の色を見せるが、すぐさま作業を続ける。しかし、「パンティ」という名前を読み上げた途端、再び老刑事のタイプは速くなる。

 ここで、先程の“娘の夫が買ってくれたパソコン”という言葉が活きてくる。老刑事は密かに、ネット上で自身の性欲を満たしてくれるだろう事物を検索していたのである。そして、このタイプの速さは、それが日常的に行われているということを意味している。つまり、このコントは、この老刑事が迂闊にも自身の性欲の傾向を若手刑事に明かしてしまうことが主題になっている……わけではない。ここから更に、コントは展開する。

 続けて、若手刑事は「人妻」というキーワードを老刑事にタイプさせる。しかし、老刑事のタイプ速度は変わらない。そこで「セーラー服」というキーワードをタイプさせてみる。すると、今度はタイプが速くなった。更に「ルーズソックス」とタイプさせる。やはり、速くなる。試しに「靴下」と打たせてみると、やはり遅い。

 実はこの時点で、若手刑事は押収物リストを見ていない。「パンティ」以降のキーワードは全て、若手刑事によって発せられたものなのだ。それはイコール、若手刑事が老刑事を弄んでいるということを意味する。つい先程まで尊敬されていたはずの老刑事は、この短時間で、それまで蓄積してきた関係を破棄されてしまったわけである。もちろん、二人の関係はこれからも続いていくだろう。しかし、その関係は、かつてのそれとは明らかに違ったものになっている筈だ。ここで、改めてタイトルの『コイツ』を見てみよう。一体誰が、誰のことを『コイツ』と呼ばれているのかが、よく分かることだろう。

 ちなみに、この『15弱』というライブでは、この類いのコントが多く観られる。その傾向があからさまに見られる『マスカ!?』も相当な作品だが、個人的には『ナイトラウンジ美鈴』のペーソス感が、たまらなく好きだ。是非、観賞してもらいたい。