菅家アーカイブ

過去のブログで書いてきたお笑いDVDレビューをまとめました。

『板の上~これが、矢野・兵動だ!~』

板の上 ~これが、矢野・兵動だ!~[DVD]板の上 ~これが、矢野・兵動だ!~[DVD]
(2009/06/24)
矢野・兵動

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兵動大樹漫談家ではない。しかしながら、そのトークの組み立てかたは漫談家のそれである。兵動が一人で舞台に立って、トークを繰り広げるライブ『兵動大樹のおしゃべり大好き。』を観れば、そのことがよく分かる。日常のさりげない風景を言葉と動きだけで丁寧に再現し、その状況下における自らを含めたトーク世界の出演者たちの心境を事細かに分析、そして誰も予想できないような意外性を含んだオチをさりげなく披露し、観客を爆笑の渦へと巻き込んでいく。その美しく自己完結していくトーク構成力の高さは、どう考えても漫談家の手腕によるものだ。

しかしながら、兵動大樹漫談家ではない。漫才師である。漫才師ということは、相方が存在している。相方が存在しているということは、一般的にどちらかがボケ役であり、どちらかがツッコミ役であるということだ。つまり、兵動大樹が漫才を演じる時、彼はボケないしツッコミを演じているということになる。ところが、漫才師を演じているときの兵動は、フリートークの時の彼と大して変わらない。あくまでも、日常の中で体感した出来事を、自己完結していく構成の漫談として披露している。それなのに、兵動大樹漫談家ではなく漫才師だ。何故、彼は漫才師を続けているのか。

矢野勝也は漫才師である。1990年に兵動大樹と漫才コンビ「矢野・兵動」を結成し、数々の漫才賞を受賞している。昭和の関西芸人をイメージさせるトークが印象的で、一部では「横山やすしの再来」とまで言われているとか、いないとか。矢野・兵動の漫才における矢野の仕事は、ツッコミだ。ただ、いわゆるツッコミとは少し違っている。兵動の日常的なトークに、ツッコミと見せかけたアシストやリアクションを取るのが、彼の仕事だ。それはいわゆる、カレーでいうところの福神漬やらっきょう、ラーメンでいうところのナルトやメンマ、寿司でいうところのガリやサビに当たる役割だ。以上のことを考えると、矢野・兵動の漫才におけるパワーバランスは圧倒的に兵動へと傾いている……と、考えて当然だろう。

ところが、実際に矢野・兵動の漫才を観てみると、二人のパワーバランスは限りなくイーブンに近いことが分かる。よくよく見てみると、単独トークライブにおける兵動大樹と、矢野・兵動として漫才を繰り広げている兵動大樹には、大きな違いがあることが分かる。前者における兵動のトークは客席に向けられているのだが、後者における兵動のトークは矢野に向けられているのである。つまり、兵動は兵動で矢野のリアクションを引き出すために、漫談を展開しているのだ。意図的なのかどうかは不明だが、矢野・兵動はさりげなく持ちつ持たれつの関係にあるコンビなのである。

独自の観察眼と巧みな話術を持った兵動大樹と、昭和の芸人然とした大袈裟でエネルギッシュな言動を持って兵動のトークに反応し続ける矢野勝也によって結成された矢野・兵動。そのあまりにも日常的な世界観の中で繰り広げられる漫才は、それほどテレビバラエティ向けであるとは言えないのかもしれない。しかし、だからこそ矢野・兵動の漫才は、多くの人々に共感を与える。過激で自己主張の強い笑いが注目される現代のお笑いブームにおいて、彼らが注目され始めているという現状は、かなり興味深い。コンビ結成から、間もなく二十年。矢野・兵動が天下を獲る日が、ひょっとしたら近付いているのかもしれない。


・本編(82分)

2009年1月31日「漫才病」の様子をノンストップ収録。

・特典映像(78分)

「漫才病にうなされた矢兵の5日間」

「漫才病でいつもの…」